地方中小のDX|「メール送りました」電話は真心だった問題。
都内のシンクタンクから地方へキャリシフトをした結果、様々なカルチャーショックに出会いました。初め非効率に思えたことにも様々な背景があること、想像以上に生産性に対してシビアな取り組み(カイゼン活動)、そして何よりかっこいいものづくりの現場を知るたび感動します。
大都市圏でデスクワークに従事する方にとっては、想像が及ばないところがあろうかと思います。イメージトークで「DXが進まない中小」を語ってほしくない。地方企業の現場がどんな働き方をしているのか、少しご紹介させてください。
1.まずは知っておいてほしい東京と静岡の違い
産業構造の違いが、事務系職種の比率に繋がり、働き方の常識の違いに繋がります。静岡は、働く人の3割が製造業で、続いて小売りや医療、観光関連など、「現場」を持つ業種が多い。経営者の方も現場を見に行ったり、来客があったり、出張していたり。
都内で働いていた頃は、連絡を取り合う相手方も当然のようにPCの前にいることを想定していましたが、静岡では違います。都内デスクワーカーにとって、「相手がPCの前にいないかも」は盲点だったりします。
2.ものづくりの「現場」ってどんなところ
製造業の現場は、当たり前ですが、企業によって全く違います。ただしどこの工場を訪れても、価値あるものが生まれている姿を目の当たりにして胸がぎゅっとなります。確実に誰かの役に立っている仕事。その確信はデスクワークでは得づらいもので、羨ましさを感じます。
例えば鋳造所。火花を散らしながらドロドロに鉄を溶かして、型に流し込み、大型機械の金属部品を作っています。かっこいい。なお、鋳造技術はメソポタミア文明から続き、国内でも歴史の長い企業が多いことが特徴。
私はデジタル化に取り組む現場を取材させていただくことが多いのですが、そのような企業では、安全管理と5S(整理・整頓・清掃・清潔・しつけ)を徹底し、生産性向上のために常に「カイゼン」に取り組まれていて、現場はかなり効率化されています。人手でできるカイゼンはやり尽くされている。当然、そういった企業さんは事務所も整理整頓が行き届いています。自分の書類やケーブル類が散乱する作業机を思い浮かべて恥ずかしくなります…。
3.とあるA技術工業㈱の働き方
では、現場を持つ企業さんはどんな働き方なのか。
これまで100社以上の中小企業さんを訪問させていただき、たくさんのアンケート調査も実施してきました。そんな経験から、県内でよくありそうな架空の企業A技術工業さんをモデルに、県内の「あるある」な働き方や考え方をご紹介させてください。*もちろん企業文化は多様ですので、あくまでケーススタディとして心に留め置きください。
静岡、とくに西側の浜松方面には輸送機器関連の会社が集積しています。優秀な企業さんが多くて、A技術工業も概ね売上は安定。
跡継ぎの専務が「外」の感覚を持っていて、自社の改革を進めています。DX(デジタルトランスフォーメーション)のキーパーソンは間違いなくこういった方々。
工場は、都内のデスクワーカーよりも1時間以上朝が早いです。静岡に来た当初、8:30に電話もらってびっくりしました。建設業はもっと早いらしい。
そして電話が主力のコミュニケーションツール。事務所ではガンガンに電話がかかってきていて、事務所と現場を何度も往復して状況確認したり、指示を変更したり。
考え方の違いはとても大事で、A技術工業のような会社は、自動車メーカーの系列だったり、取引先との関係性が深くて長い。そして現場主義ゆえにIT軽視(だった)。保守的に見えてしまう一因でもありますが、成熟した事業環境では致し方ないのかもしれません。
ただし、一部の企業さんは、かなり挑戦的な気風をもっています。現場のカイゼンに必要だと腹落ちされた企業さんから順に、デジタル化を始めています。
4.「メール送りました」電話に代表されるコミュニケーションギャップ
ところで、都内でデスクワーカーの方にお聞きしたいのですが、「メール送りました」って電話をもらって驚いたことありませんか?
私は都内にいた頃、社外との主な連絡はメールで、電話は込み入った相談や緊急性が高いことを伝える手段だと思っていました。だから、まれに「メール送りました」だけで終わる電話を受け、困惑していました。なんで電話した?
これ、A技術工業のような働き方を知って、理解できるようになりました。「現場」を持つ企業さんへ連絡するときは、電話でフォローしたほうが双方にとっていいことが多い。様々な業種、規模の会社さんとやりとりされている方は親切・丁寧でそういった電話をしているようです。まさにコミュニケーションギャップ!
同じことはFAXでも言えます。身近にFAXがない環境で、「FAXで送ります/送ってください」は非常に困った状況になります。ところが、A技術工業に何か資料を見てもらいたい場合、状況が逆転。メールに添付した場合、「社長!メールでさきほどの資料送りました!」→社長さんに机に戻ってもらって→PCを立ち上げ→メールソフトを開き→メールを受信→該当メールを探して→添付ファイルを開いて→印刷…。FAXだと、見てほしいものを直接相手のオフィスに届けられるので、はるかに利便性が高かったりします。うーん。
5.コロナ禍で地方中小もDX-Readyになりつつある
電話・FAXはデジタルデータに変換しづらく、かつ、時間・場所の制約を生むため、デジタル化やDXとの相性はよくありません。ただし、局所最適解がFAXである状況を無視してペーパレスを標榜しても、押し付けにすぎません。
理想的な進め方は、
・・と言いたいところですが、③は相手のあることなので自社だけでは変えづらく、社会全体で「せーの」で変化が必要でした。難しいなぁと思っていましたが、ご存じの通り、コロナ禍で急速に変わりつつあります。
経営者が号令かけて①②③を進めている会社は、概ねDX-Readyと言えます。リモートワークも無理のない形で導入できたり、副業・兼業で自社にはいない人材と連携したり、スタートアップとの協業にもつながったり。可能性が広がります。静岡県内でもそんな企業さんが徐々に増えてきています。
(★追記)具体例としておススメは、焼津市にある石田テックさんのこちらのnote。身近系DX、すぐにでも真似したくなります。
静岡に来て、産業構造の違いから生まれる働き方や考え方の違い、それゆえのデジタル化の難しさを目の当たりにしています。そのような中、苦労しながら工夫して進めていらっしゃるデジタル化が大好きです。この営みこそがSociety5.0、と感じてワクワクしませんか?
おわりに
東京にいたときは、都内の働き方が常識だと思っていました。社外で出会う人達もだいたい似てましたし。仕事で「ICT活用」「デジタル化」「事業転換」とか、簡単に報告書の最後に書いてきました。間違ったことを書いたとは思っていませんが、「メール送りました」電話を迷惑がるような、相手の状況を推察できない半人前が、重みのない言葉をたくさん連ねていました。
変わるべきことを指さすのは簡単ですが、変わっていない理由を置き去りにした発言は、ちょっと不穏な空気をまとって空中をさまよって消えるだけ。悔やまれます。
届かない言葉を書いてしまった責任は今世で取り戻したいという思いと、視野を広げてくださった方たちのために少しでもお役に立ちたくて、今は仕事をしています。想像力と他者への敬意を忘れずにいられますように...