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エモいの向こう側へ、行く。ーみかん栽培がつくる文化的景観ー

 みかんはがけみのり、ワサビは木陰こかげを作る。山の茶畑には霧が立ち込める。農業は、その地域の風土や歴史にあわせて特徴的な景色を作っているらしい。
 そんなことに気づいたのはここ一年ほどの話し。みかん栽培の歴史を追っかけたことで、最近たまに景色の中から必然性をみつけられるようになってきた。「エモい」「きれい」「スゴイ」よりも少し具体的な感想が思い浮かぶと、けっこう嬉しい。

賤機山のみかん

 先日、よくいく沼地(麻機あさはた遊水地)を上から眺めてみたくて、沼地に隣接する小高い山に登った。標高200mに満たない、賤機しずはた山だ。

歩き出して10分ほどでこの景色。少しあがるだけで見晴らしがいい。
中央に見える水面のあたりが麻機遊水池

 登ってみると、現役のみかん畑だらけではないか。作業中の方もちらほら。息切れしつつ挨拶をする。なかなかの傾斜だ。

ここ数年で改植されたばかりっぽいゾーン。
つまりまだまだ現役農家さんがやっている場所だ!

 この辺りは明治末期からけっこう温州ミカンをつくっているエリア。いつも沼地で虫や鳥ばっかり探していたので、失念してた。

黄色く色づいてると嬉しい
ケーブル(索道)もある!斜面地での作業のために、高度成長期の頃に全国各地で設置された設備。おそらく維持費や修繕費の問題で、現役のケーブルはほとんどない..
こちらはモノラック。ケーブル同様に斜面地作業で大活躍する。多分現役。

 崖下にレールの伸びるモノラックたちをみつけるたび「こんな場所で人と機械が一緒になって頑張るのか」と興奮して撮影会を開催しいながら道を進む。すでに麻機遊水池をを眺める目的は達成しているため、ゴールのあてはとくにはない。飽きるまで歩くのみ(楽しくってなかなか離れられない)。

静岡市街地も見える
こちらもあと一か月もしたらオレンジに色付くはず

 ずっと景色がいい。夕暮れが近づいてきた。

 ふと振り返ると、富士山も見えていた。絶景だ・・

麻機遊水池ごしの富士山だ。(中央の雲間にうっすら富士山がうつっている)

 そうこうするうちに出会った、わたしの推しモノラック。

この街を背景に断崖絶壁に張り付いてる感じが堪らない。
こちらの角度からもいい
残されたミカン。
もう、収穫が始まったのかな。この時期ならまだ早生かなぁ。

 撮影しているとあっという間に時間が経っていた。

海まで見える。いつも暮らしている静岡駅前(中央奥の高い建物のあたり)が案外遠い・・・

 さすがに日没が近いので下山しよう、と思ったけど、また足が止まる。

すり鉢状の崖みかん畑と底にぶどう棚かな?モノラックのレールが放射状に延びている。
まさに機能美

 こんな景色に出会えるとおもっておらず、一人でうぉぉとつぶやきながら写真を撮りまくる。賤機山はけっこう現役のみかん畑が残っている。なぜ現役を何度も強調するのかというと、崖での農作業は過酷なので、離農も多くて竹林になっていたりする。

真ん中上段はまだ手入れされているけど、左右の竹林はおそらくかなり昔に耕作放棄された場所。

 戦前から斜面地の農園では、みかんとタケノコを育てることが多く、孟宗竹もうそうちくが植わっていることが多い。ところが斜面の離農が進み耕作放棄されると、果樹の樹勢は衰えど、孟宗竹は繁殖力が強いため逆にどんどん広がってしまう。竹林は根が浅く土砂崩れに繋がったり、周囲の植生に影響したり、イノシシが好んで住む環境を提供することになったり…
(20年近く問題視されてるので、詳しくは「竹害」「放任竹林」などで検索を)ゆえに、崖みかんには敬意をもって眺めてしまう。美味しいみかん作りを続けてくれてありがとう。

 

 ・・と、ついつい知った知識を開陳したくなるのが悪い癖だ、うっかりすると説教臭くなる。でも、同じ景色をみていてもそこにこういう蘊蓄うんちく語りマンがいると面白いと思う方は私だけじゃないと思うのだけど、どうでしょうか。

野良の有識者

朝靄がたちこめる茶畑(大井川の中流にある抜里ぬくり
山間部ならではの寒暖差とこの霧が、美味しいお茶を作る

 たとえば旅先で出会ったおじさんがやたらと物知りで、ガイドブックにない知識を教えてくれることって、ある。博物館や大学でもない場所で想定外のラッキーな出会い。そんなときは敬意を込めて「野良の有識者だ..」とひとりごちる。そしてずいぶん前から彼らにひそかに憧れている。私も誰かにとってそうなりたい。
 そんなときにとてもいい教本にであった。「静岡県の文化的景観総合調査報告書」だ。無料で全文公開されている。公共事業に感謝。

 地域の気候・地質・歴史を背景に人の営みが作ってきた景色のことを「文化的景観」というらしい。報告書中では、掛川の茶畑と伊豆のわさび田を事例として解説している。世界の解像度が上がってしまう!

出典)前述の報告書P42
こんな感じの詳細な解説で、読みごたえ抜群。

 崖みかんの写真を興奮して撮りながら目指していたのはこれだった。景色に知識を紐づけて世界の解像度を上げたかったのだ。憧れの知識体系は「文化的景観」という単語ですっぽりと腹落ち。まだ到底及ばないけれど、旅先や身近な場所でみた景色の何に心動かされたかを紐解きつつ、ゆっくりと野良の有識者たちの背中を追いかけたいと思う。


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