石巻で気づいたこと。まちの余白を埋めて未来をつくるということ。
この半年で2度、石巻を訪れました。東日本大震災で最も大きな被害を受けた地域の一つとして記憶されている方も多いでしょう。私もそうでした。あれから10年以上がたった石巻はとっても素敵で、想像より大きなまちでした。このまちの魅力は、まちに住む人達が作っていた。
石巻で感じたことが色褪せないように、魅力的だった場所や人のことを振り返ります。
きっかけはとある研修プログラム
夏の終わりに、「migakiba」という環境省のプログラムに応募。石巻をフィールドに、「自分でつくる暮らしのレジリエンス」について考える機会を得ました。約半年間、一緒に参加した友人と「レジリエンス」や「石巻」そして今暮らしている「静岡」について考えて考えて、そして自分の中にあったいくつかの枷を外すことに繋がりました。
たった2回の訪問では、きっと表層に触れただけなんだけど、でも震災と加速する高齢化の波で生まれたまちの隙間を埋めながら、未来を作る人たちの姿がかっこいいんだわ。
港町として発展した石巻
仙台から1時間北上して辿り着く、石巻市。江戸時代のはじまりとともに伊達政宗が石巻港を開き、東北中のお米を江戸へおくる拠点港として発展しました。現在も仙台市につぐ宮城県第二のまち。人口は14万人、中心部は大きな建物がたくさん。
私が主に歩いたのは石巻駅を中心としてエリアですが、市全域はすごく広い。もともと1市6町が合併して石巻市となったので地域ごとに雰囲気もけっこう異なるらしい。
個性豊かな通りが語るかつての賑わい
JR石巻駅前から北上川のほうへ歩くと、たたずまいの異なる通りがいくつもあります。かつて道ごとに特色がでるほどの人通りやお店が立ち並んでいたことがしのばれます。通りの文化は歴史の証し。
コンパクトな街並みなので、30分も散歩すると複数の通りの違いを体感できます。Googleマップを閉じ、紙の地図片手にふらふらと歩くと楽しい。
確かに空き地は目立つけど
駅から歩いてすぐの場所でも広い空き地があったりします。どこの地方も駅前の空洞化は悩みですよね。でも私は歴史が感じられる中心部に賑わいが残っていてほしいとおもってしまう。
そんなことを考えながら歩いてると、空き地によって生まれたむき出しの壁が彩られていた。
津波に全てがさらわれたわけではなくて、昔からのランドマークは復旧工事を経て、新しい場所へと変わっています。
お米を江戸に運んだあと、軽くなる船に陶磁器を積んで帰ってくるので、商人や商店が多かったらしい。90年前に陶磁器を扱う百貨店として建てられた観慶丸商店、被災後は市が買い取り復旧。今はイベントスペースとして活用されています。
そして、たぶんこのまちで最も有名な観光施設。
2001年に建てられた石ノ森萬画館。被災後の復旧工事中、イベントでこの壁面にプロジェクターで映画を投影したって話しはびっくりでした。今もやってるそう。見てみたいな。
また行きたくなる場所
アイトピア通りを中心にふらふら歩いていると、立ち寄ってみたくなる場所が見つかります。
本屋さんの店番は持ち回りらしくて、行く日によって違う方の話しを聞けるのもおもしろい。石巻であう方々、無用な愛想はふりまかないけど、質問したことには心のこもった回答をくださる。人見知りの旅人にとって、心地よい距離感。
本屋の近くには、水引のアクセサリーとコーヒー豆をうってる真っ白なお店。一度目に石巻を訪れたとき、自分へのお土産としてかったイヤリングがとても素敵で、もっと集めたくなって、二度目はここが(わたしのなかで)最大の目的地だったかもしれない、「kyuu(きゅう)」さん。
たくさんのイヤリングに舞い上がってねうねと店員さんに喜びを伝えていたら、Instagramにも載せてくださった。そして、HPをみるとわかるんですが、ここは単純なアクセサリーショップではなくて、就労支援施設でもあるそう。このお店の優しさやアクセサリーから伝わるぬくもりは、色んな人の心を温めているように思う。
寿町通を歩いていると、かわいい小道が。ギャラリーになってるらしい。
少し歩くと、高台があって、5分ほど登ると日和山公園。まちを一望できる。知らないまちに来たときは、必ず高台を探して登ってしまう。
夕方になると、美しい夕焼け。3年前に東京から石巻に移住した方が、「この夕陽が好きで、石巻にきたんですよ」と言っていた。
他にもたくさんまた行きたくなる場所があって、でもさすがに長くなりすぎるので、まちのスナップは別のnoteにまとめようと思う。
「私たち」が主語のまちづくり
ここまで書いた石巻のことは、全部、このまちに長く関わっていたり、住んでる方々が教えてくれました。「角の居酒屋が美味しかった」と言えば、「あそこはどこそこのお店から卒業した○○さんがやっていてね」と返ってくる。まちのことを説明するときは、必ず個人名がポンポンと出てくる。「誰か」ではなくて、「あの人」や「私たち」が主語の、まちと人の物語。まちの規模感もちょうどいいんだと思うけど、それだけではないように思えます。
どうしようもない隙間が広がった時に、たくさんの人達が集まり関わった。明るい林内には若木が育つように、色んなチャレンジが生まれて、消えて、それでも育ったものがある。私がみた石巻のレジリエンスは、まちの余白がチャレンジの土壌となりえていること。いままで暮らしたどのまちとも違う、石巻に来れてよかった。
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石巻を訪れるきっかけとなった「migakiba」は、今年で3年目の開催。毎年、全国複数箇所をフィールドに、座学と現地調査を繰り返して、参加者それぞれの地域や自分の暮らしに対する視点を磨くことが目的。
今年は7箇所、100人超の方が参加していました。首都圏の大学生~20代の社会人が多かったかな?でも地方でチャレンジしてる人達も多かった。
ローカルSDGsリーダー研修という事業名が難しいですが、抽象度の高い横文字が飛び交いかけては誰かがブレーキをかけてくれて、心地よく専門外の知識に触れられました。久しぶりに「勉強しよう!」と読書量が増えたのは予期せぬ効果でした。
そして何より、石巻が羨ましくて、自分達も静岡で色んな人と関われる方法はないかな、を考え、友人と静岡暮らしの同人誌を始めました。考えすぎずに、好きな場所のことを好きなように発信するのが楽しい。
静岡に来て5年目、年齢も三十台半ば、このタイミングで、なんでもとりあえずやってみたらいいのか、と肩の力を抜くことができました。遅いのかな?いやもっと責任感もてよ、とも思いつつですが、この春からは、居心地よい余白や場所をまずは作ってみて、そこで何が生まれるかワクワクと見守ることになりそうです。