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【物語:自由詩シリーズ】第10話 白き花舞い散る午後の庭

水車小屋のパン作りから戻ってきたら
中庭に向かう扉を開け放して
兄がチェロを弾いていた。

花曇りの春の午後。
母が愛したブラックソーンが散り始めている。
黒い幹からこぼれるような白。
小さな花びらが一斉に舞って世界を包み込んだ。

それは初めて見る姿。
私の知らない兄の時間。
旋律を自由に操る彼が誇らしくもあり、
切なくもあった。

一つ手前の扉に凭れてそれを聴く。
その音は花吹雪によく似合う。
と、弓を置いた兄が振り返った。

気に入ったかい? 僕が作った。
白い花舞い散る中で笑う可愛い人のための曲だ。
離れていても
ずっとずっと大切だった人に贈る曲だよ。
タイトルは、と
兄の唇がゆっくり形作った私の名前。

ごめんなさい、笑えないわ。
あの頃みたいに可愛くなくてごめんなさい。
そう言って涙をこぼしたら兄は微笑んだ。

花の中で笑っているお前は可愛いかったけど、
こうして泣いているお前はとっても綺麗だね。

小さな頃にはもう戻れない。
だけど、と兄が囁いた。
歳を取るのも悪くない。
素敵な発見が増えていくからね。

息もできないほどに、また花が舞った。
やがて結びつき新しい命を宿す。
秋になったらその実りで果実酒を作るのだ。
遠い午後には見るだけだった綺麗なボトル。

そうね、大人になるって素敵ね。
私は指先でチェロの弦を弾いた。
まろやかな音が花の中に響く。
そしてそれは、
私たちの新しい音となって庭を満たした。

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