麻布十番 | 東京タワーのある窓と、せり鍋の夕べ。
ベッドから起き上がったら、今日のひとくちめは何を食べよう?って考える、まどろみのときは至福。
もうとっくに昼も過ぎた、あたたかい布団の中で、んん〜っと背中を伸ばしたら、冷蔵庫を開けよう。
元々、食いしん坊だし、おいしいものを食べることも、食べたことのないものを知ることも大好き。
ホテルステイで行った先に住んでいるひとは、どういうお店を利用しているのかを伺うのも、探検のようでおもしろい。
オークウッドホテル&アパートメンツ麻布の近くには、日進ワールドデリカテッセンがあり、もう少し歩けば成城石井の路面店もある。
かつてテレビ朝日「夜の巷を徘徊する」でマツコ・デラックスさんが来訪していた回を見て、憧れていた日進ワールドデリカテッセン。
大使館の職員を始め、海外の食卓も当たり前に必要とされている麻布という街に合わせて、豊富なワインのラインアップやホームパーティーにも対応したどかんと大きな食材も日常的に並んでいる。
放送当時、マツコさんはカートを押しながら、行き交ったお客さんと「パンと同じくらいの厚みのバターを塗って食べる」と共感し合い、パンと共に無添加のジャムをかごに放り込んでいた。
そして、食肉の質感があまり得意でない、というマツコさんのお話が印象に残っている。精肉売り場の店員さんをとっつかまえて、ひき肉か、ペーストに近ければ意識せず食べれるとのことで、パンに合わせて注意深くボロニアソーセージを注文していたと思う。
ホテルステイや旅において、その地のスーパーで地域性を見るのも、ひそやかな趣味としている私は、観光と同じくらい見所があると感じている。
ホテルから徒歩3分ほどで、ガーッと開いた自動ドアから食品フロアのある2Fに向かうエスカレーターと共に、たんたんと胸が高鳴る。
わたし自身は、もともと料理はするし、好きだし、バリバリやれる方で、でももう疲れてしまったのだ。普段の生活では、自炊はほぼしない。
主食は、ファミレスのジョイフルで食べる豚汁定食だ。
冷蔵庫やストックを調べ、何が足りないかを吟味し、その日のチラシと財布と相談をし献立を決め……、食べ終わり片付けに至るまで脳がフル稼働の「料理」という行為がそもそも、タスクの多い作業であるので、勤めながら生活をまっとうしている人々には敬意を表している。
(そして、そういう人々はもっと褒められていいと思っている)
行ったことのない場所では、その町に並ぶ醤油や油のスタンダードからして全く違うので、まずは棚の上から下をぐぉ〜んと目を首を何度もうねらせて、隅から隅まで眺める。
キッチンのあるホテルでは、食器や道具が用意されているために、調味料類からの買い物になる。
(ホステル / ドミトリータイプの施設の共同キッチンでは、調味料や食用油も用意されてるところが多いですが、事前に問い合わせたほうが確実です)
一通りぐるーっと回ってみてから、滞在後のことを考える段取りを組む。
調味料類は荷物になってしまうことは避けたく、携帯しやすく、使い切りやすいものを、と真剣に選び抜く。
そうそう、それからデザートには絶対フルーツだ。
いちごは、道具いらずで食べられるところがいい。
「料理」をスキルとして身につけていることを実感するのは、年単位で作ることから離れていても、塩加減や焼き加減を間違えないことや、道具にこだわらず遂行できたときだ。初めてトライする料理でも、そうして臆せず作ることができる。
(今は優秀で平易なレシピもスマホでピッと出るわけだし)
自分自身に料理を提供するのは、コストに見合わないので止めてしまったけど、時々だからこそ、何を食べたいのか?数多の食材たちと黙々と相談する時間や、支度をしているリズム感、これも使ってみたらいいんじゃない?ってクリエイティビティには、じゅんと染み入ってしびれるような「これこれ!」って楽しさを体感している。
とてつもなく大きな冷凍ターキーや、ハーブのキット、見たことのないスナックに「あ〜!なんてこと!こんなものまであるなんて!」と、ワクワクしながら、この日は美味しそうな鍋つゆと、せりを見つけたので、鹿の薄切り肉とたっぷりの舞茸と共に、初めてのせり鍋をフライパンで作ってみた。
使い切りの鍋つゆは、これひとつで味が決まるし、具材はなんでも使える許容範囲の広さがあり、お腹からあったまるには最高だ。
このときの3泊は、肉と野菜さえあれば満たされた。ランチは日進ワールドデリカテッセンの名物、ホットドッグであった。
(なぜいつもSOFT BALLETがかかっているのだろう……!)
根本の泥をしっかり洗ったせりをざくざくと切って、舞茸は手で割いたら、あとはしゃぶしゃぶのようにサッと肉を加熱してできあがり、と簡単。
キッチンがないホテルでは、田舎にない食べ物をいろいろ食べたいという食い意地が張って、いつもは平時の消費エネルギーに合わせて1日1食か2食のところ、ずーっと食べるか飲んでるかしている。
そのぶん移動は徒歩に切り替えているし、歩けば街のかわいいビルと出会えてHappyでしかない。
連泊の胃腸を休めるタイミングに乾物のきのこ、だしのパックと、味の調整にパウチの塩を長期滞在のときは持っていくことがある。
コップ1杯の料理だ。
近年の家庭料理のムーブメントとして、「疲れない」もテーマのひとつだよなと感じていて、例えばフードライターの白央篤司さんの「自炊力」「たまごかけごはんだって、立派な自炊です。」には、一等はげまされている。
このムーブメントは土井善晴さんの名著「一汁一菜でよいという提案」から続いていると感じる。
鍋には、持ってきた乾物の山えのきもひとつかみ入れてみた。
東北の郷土料理として知るせり鍋は、鴨肉や鶏のもも肉など、肉の赤い旨味が濃いものが使われている。
鹿肉は以前、軽井沢ヴェランダの伊藤シェフが開いた、ジビエを食べる会で、大胆なローストがベリーソースと供されて以来、その美味しさに目覚めてしまった。
(まあ今回は冷凍のものだけど)赤身で、でもやわらかな食感は、自分の勘が冴えた火の通りによるもので、きのことせりの滋味とよく合った。
でかした自分!と小さくガッツポーズをしつつ、はふはふと頬張るキッチンで立ち喰い鍋。日暮れに東京タワーが色濃く灯っている。
でも、いいでしょ?こういう暮らし。
chicca