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イスラム教徒の町、サラエボ市のデモ
こんにちは、お元気ですか🌞Zdravo, kako si?
ボスニア・ヘルツェゴヴィナ(BiH)の首都、サラエボ市からお届けをしています。
平和抗議集会へ
先ほど、集会から戻ってきてnoteに投稿をしています。
10月22日(日)午前11時~ サラエボ市庁舎前で、パレスチナの自由と人権を求める平和抗議集会が実施されました。
主催者はアソシエイション・ネットワーク・フォー・ビルディング・ピース(The Network for Building Peace/平和構築ネットワーク)という団体です。2010からの設立以来、以下の通り意義深い活動をしている団体です。
様々なマイノリティーが存在する現代社会において「自分たちは社会的な制約で持続可能な平和を国民と一緒に築くことができないのではないか?」ということに気づいた数人から始まった平和活動家の団体です。マイノリティーのメンバーにはもちろん、女性、障がい者、そして子供たち。また、当地にはロマなどの難民や戦争犠牲者などの問題もあります。
当団体はBiHの平和と安全を保障する政治、そして公正に繁栄する産業を支えるためにも人道的であり民主的な価値をベースとした公共政策を掲げて運動をしています。
欧州だけどサラエボはイスラム教
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モスクがあります
ヨーロッパでありながらも、BiHの首都サラエボ市はイスラム教徒が多数生活する町です。ボシュニク人と呼ばれるサラエボに住むムスリムの人々が脈々と営んできた市内に点在する多くのモスクやイスラム文化は、今は代表的な国の基幹的な観光産業です。
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ミナレットと呼ばれるモスクの
高い塔があちこちに見られます
サラエボ市のイスラム教はオスマン帝国(15世紀から19世紀)の支配を時代背景としていて、この時期に多くのモスクが建設され、信仰が市内で広まりました。
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パレスティナの国旗を持参
してデモに参加をする人々
宗教に寛容なメトロポリタンシティー
市内のユダヤ教のシナゴーグ前でデモをしたり、暴力的な行為はありません。むしろサラエボ市は宗教的な対話と共存の場でもあります。
異なる宗教間の対話や協力が奨励され、
宗教共同体間の平和的な共存が重要視されている歴史を持っています。
その一線を決して超えないという紳士的なプライドを市民から感じます。
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デモの最中もひっそりとしています
平和的です
パレスティナをサポートする市民
以上、ご紹介してきた通り、サラエボはムスリムの町です。
パレスティナの旗で一色です。
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警官も沢山いますが
衝突などはありません
大変平和的なデモです
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人、人、人が大集合
平和的な集会が行われました
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子供もご老人も旗を持ち
家族でデモに参加をする市民
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お茶、クッキー、ケーキなど
販売をしていました
私は中東のヨルダンに住んでいましたが、難民に関して国民はウエルカムではありませんでした。シリア難民が暮らすザータリキャンプに対して「国民の水の供給量が減った」と怒っている国民を多く見てきました。
OICだけでなく、西側諸国はこれ以上の難民を受け入れる覚悟はあるのでしょうか。
国や組織の上層部が、罪のない民間人を恐怖に晒し、衣食住を奪ってしまいました。若者の未来を勝手に強制終了してしまいました。
生まれた場所によって不公平は生じるものです。それは変えられませんが、それを公平に近づける政策をとるのが国家の役割だと私は思っています。