【部下を推す話】[33] 質と量とファンレターと。
先日、部下たちから今期の自己評価を記載した評価表を提出していただいた。
今度はわたしがその書類に彼等の評価を記載する番である。
定められた各項目については何段階かで数値化し、実際に取り組んだ内容については自由筆記された自己評価シート。
可愛い彼等が書いた書類を読むのを、わたしは毎期楽しみにしている。
Aが自由筆記分をA4用紙にびっちり記載してきたという予想外にも見舞われたが、それはそれで可愛いので良い。
一所懸命に記載されたアピールと反省を追えば追うほど、わたしの頬が緩んでいく。可愛過ぎて最早緩んだ顔を隠すことすら出来ない。もだもだと悶え狂いそうになる。
しかし、悶え狂ってばかりもいられない。
何故ならば、評価表の管理部門への提出が迫っていたのである。
提出日2日前。
「あああああ、いやしかし…。うぅん…まぁねぇ。いやでも…!」
職場のデスクの更に奥、そこには物置のような小部屋がある。オフィスとはカーテンで仕切られているだけの小部屋。そこでわたしはカーテンに包まって唸っていた。
きっとカーテンの外では、突然独り言を言い出した布のことを部下や同僚たちが不審げに見ているに違いない。
A、Bの2人への評価も実にこれで3回目だ。
相変わらず、数字を付けるのに苦労する。部下たちはみんな可愛くて可愛くて仕方ないけれど、わたしは意外と冷静な数字を付ける。…少なくとも、自分ではそう思っている。
毎回とてつもなく悩むのだが、今期は歴代一頭を抱えていた。
─何故こんなに2人とも数値が割れているの…。
かたや極端に低く、かたや少し高め。
少し高めなのはわかる。前回より成長したという自負の顕れだろう。
しかし。
─極端に低いのは何故なの…。
思い返してみても、当人はよく頑張ってくれていたし、実力も付いていた。それなのに何故。
考えても埒があかない。
わたしは当人のBを呼び出し、話を聞いてみることにした。
***
「評価シートの数値の文言が変わってたから、評価基準が変わったのかと思って…。」
はて。そんな説明は管理部門から受けていない。そんなことある?と確認してみたところ、確かに微妙に文言が変わっていた。
言い回しを変えただけ、と思わなくもないが、実に微妙である。日本語は難しい。
声を掛けられたBは眉を八の字にしている。文言の違いに気付いてからとてつもなく悩んで数字を付けたのだろうな、ということが伺えた。
「ちょっと聞いてみるわ。」
わたしはその場で管理部門に内線電話を掛け始めた。
……………
……………………
「結論としてですね。『評価基準に変更はない』って。」
Bに管理部門のお兄さんと話した内容を伝える。目の前でBがガクッと肩を落とす。
「じゃあ何で変えたのって思います…。」
「それな…。」
Bのぼやきに同意しつつ、「ごめんね、わたしが先に気付けば良かったね」と付け足した。
先ほどの管理部門のお兄さんとの会話を思い出す。
受話器の向こう側、お兄さんは「ああ、いやー、『言い回しが良くない気がする』って管理部門で話題になって、それで今回ちょっと変えてみたんですよー。だから全然意味は無いんですー」と朗らかに笑っていた。
ハハハっと某有名テーマパークのキャラクター顔負けの爽やかさで笑うお兄さんの様子を知ったら、Bの怨みが増す気がする。
絶対にBには伝えないようにしようとわたしは密かに心に誓った。
「どうする? 自己評価もう一回書き直す?」
首を傾げて問えば、Bは少し悩んだ後、「そのまま出します」と答えた。
管理部門にも事情を話しており「書き直して貰っても良いし、書き直さないならねこのさんの評価で調整して貰えれば大丈夫」と回答をいただいている。
わたしはBと別れ、評価表の続きを行う為に小部屋でカーテンに包まり直した。
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そして、提出日当日。
わたしは頭を抱えていた。
例によって例の如く、推したちへのコメントが纏まらないまま提出日を迎えたのだ。
予定では提出日前日には綺麗に終わっている筈だったのだが、その日は異常に忙しく評価表どころではなかった。Aと一緒に残業もすることになった。
更に悲劇は続く。残業を終えた後に自宅でコメントの推敲を前夜に行おうと思っていたのだが、いざ鞄を開けたら草案一式入れていた媒体が無かった。なんならいつも持ち歩いているツール一式ごと無い。
あー、とわたしは天を仰ぐ。
─そういえば、デスクに置いたままだわ…。
こうしてわたしは提出日当日もカーテンに包まることになった。
カーテンに包まりながら、キーボードに指を走らせる。事前に記載した文章を削除し、或いは付け足し、修正し、作業を進める。時には2人からのコメントも読み直す。
そうしてから、わたしは気付いた。
─待って。Aのコメント、思ったより多いな?
よくよく見たところ、Aが別添で提出してきたA4の別紙に連なる文字のサイズは10.5より小さかった。加えて、余白ももの凄く狭く設定されている。
これはまずい。どう頑張っても、もう同じ質量のコメントを返せない。
数百年に一度の天体ショーに浮かれてツール一式忘れた前日の自分を思い、どうにも遣る瀬無い気分になる。
忙しかったし、残業もあったし、それでも数百年に一度の惑星食と月食をちょっとでもいいから見たくて全力で頑張った前日のねこののことを誰が責められるだろうか。
それでも、不覚だ。
不覚過ぎる。
─まぁ、推したちへの熱量と質は誰にも負けていない自信があるので、それで良しとすることにしよう。
出来上がった書類の控えを取った後、わたしは管理部門に向かう為にカーテンから脱皮を始めたのだった。
尚、年明けに管理部門との評価者面談を控えている。
その後はお馴染みのFB面談だ。
今からワクワクが止まらない。
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