「○○のため」を超えていく技術--『すべてはノートからはじまる』倉下忠憲さん著(星海社新書,2021年)書評
『すべてはノートからはじまる』は、自分のノートを情報を入れておく"器”から、思考が動き出す"場所"へと変えていく「記録術」の本です。
サブタイトルは『あなたの人生をひらく記録術』。確かに、自己啓発的な内容も充実しています。ノートとは何か? ひらかれた人生とはどんな状態か? などと、哲学的な問答も楽しみつつ読み進めていくのにちょうど良いボリュームでした。
著者は約15年書き続けているブログがきっかけで最初の本を出版し、小売業から執筆業に転進した経験を持つ倉下忠憲さんです。
前半で「自分のノート」を作り、後半で「自分を超えていく」
本書が扱う「ノート」の定義はとても幅広く、「記録を書き残せるもの」であればなんでもよく、アナログかデジタルかも問いません。
読者が自由に記録術を試しながら、実験や研究を進めるように自分のノートを作り上げることを推奨しています。
読了後、高速道路リニューアルのテレビCMを目にして、あれも記録があるからできるのだよなぁ、と改めて思いました。竣工時の規格基準や施工図はもちろん、平時から経年変化を観測し記録しておけば、問題が起きても早期発見できるし、どの程度のリニューアルがいつごろ必要なのかもわかります。
そんな記録の力を、個人の日常で発揮させる方法と、人生をノートとともに歩む意義についてこの本は考えていきます。
上は目次のごく一部です。ノートをとる目的別に章が立てられ、全部で49個の記録術が登場します。でも、目的や技法を追いかける読み方は想定していない(あえて推奨しない)構成となっています。
そこでわたしは何度か通読して、本書の大きなテーマを2つ抽出してみました。
前半の第1章から第4章あたりまでは「自分の脳と結びついたノートを作る」のがテーマ。
後半の第5章あたりから第7章までは、その「ノートを自分を超えていく装置にする」のがテーマです。
ちなみに、2章から7章のタイトルは「◯◯ために書く」で揃っていますが、本書の中でも強く心に残ったのが、その「ため」さえ超えていくノートのありようでした。
これについては最後に触れます。
自分の脳と結びついたノートを作る
第1章に出てくる「自分の脳と結びついたノート」という言葉は、人の脳と「ノート」とは互いに補完し合う関係という前提からきています。
簡単に言うと、わたしたちの脳内には、速い情報処理(直感的・習慣的)と、遅い情報処理(論理的・分析的)を担当する異なる回路があり(脳の二重過程理論)、人の思考の複雑さや面白さを支えています。
しかし今は情報網が過度に発達したために、速い情報処理が優位になり、脳内に知らない情報が入ってきても逡巡したり精査したりせず、単純に“思う”だけで済ませるきらいがあるのでは、という危機感を著者は持っています。
だから今こそ、脳が後回しにしがちな遅い情報処理、“考える”を補助するために「自分の脳とむすびついたノートを作る」のです。
思うと考える
前半で気になった技法を1つだけ選ぶなら、第4章 考えるために書く 思考のノートに出てくる「思う」と「考える」を分けることです。“思い”をノートに書き出してから文脈を組み換えることによって、“考える”知的作用を促すという技法。
文脈の組み換えは、類書にもよく出てくるのですが、どうやってやるのかは本によります。本書では「書きとめた“思い”を再読し、疑問を立てる方法」が紹介されています。
ただ、わたしには文脈の組み換えはとても難しい技術で、言われたからといってすぐにできるわけではありません。
それでも、「思う」と「考える」を分ける意識を持って自分のノートを見返してみると、今まで書きつけていたのはぜんぶ“思う”だったのではないか?
つまり“考える”とは、ここに書かれていない言葉を新たに書くことなのではないか? という気づきがありました。
いわばノート上に、“ここに考えを書く”という空欄がぽっかり浮かんで言葉を待っているようなイメージが構築されたのです。
そこで自分のノートに線をひいて分割して、この欄には“思い”を、こっちには”考え”を書こう、そうすれば偏りも一目でわかるぞ、などとノートのDIYを始めました。
これは第5章 読むために書く 読書のノートを読みながら考えついたことです。
「コーネルメソッド」という記録術に似ているのですが、わたしは人の発言や本から“引用したい”という衝動も、“思う”の一種だと捉えたので、ノートの見開きの片側に「①引用(人の言葉)」と「②思い(人の言葉に対する自分のツッコミ)」を書き、もう片側は「③発言者の主張や理路(引用は厳禁)」を考えて書く、とひとまずしてみました。
このフォーマットを使ってみると、①②はたくさん書けるけど、③の欄はスカスカになります。
しかも②の人の言葉に対する自分のツッコミは揚げ足取りに近いもので、著者のいう「疑問を立てる」レベルには至っていません。
疑問を立てることも結構難しいので、まずは“思い”を意識して書き出し、③の発言者の主張や理路を追う作業をしっかりやってみよう、というのがこの自作フォーマットの狙いです。
誰もが違う脳を持ち、課題も違うので、気になった技法をヒントに自分のためのノートをDIYしてみると、きっと楽しいですよ。
ノートを自分を超えていく装置にする
第4章の「まとめ」では、「他者の力」について触れられています。
このあたりから、後半の大テーマである「自分を超えていく」ノートについての議論がどんどん深まっていきます。
自分だけで考えられる範囲は限られているから、「他者の視座」を自分の脳やノートに取り込もう、というわけです。
続く第5章 読むために書く 読書のノートでは、他者のノートや本を参照し、その内容を他人に説明するつもりで書くと理解が進むことや、良いことが書いてあっても“読め”なければ活かすことはできないので、自分の脳内に「他者の思考」を迎え入れて考えを疑似体験する、といった読書のコツが紹介されます。
そして第6章 伝えるために書く 共有のノートで、著者はこうも言っています。
最初は自分のために、自分を深く知るために書き出したノートが、他者の力を借り受ける意志によって、今の自分の認識や目的を超えて考えたり書いたりを促す装置に変わっていくのです。
上記をまとめると「ノートを自分を超えていく装置にする」という技術になるのですが、そういう名前の技法は49個の中にはありません。
独立した技法ではなく、いくつかの態度や試みが重層的かつ循環的に働いた結果そうなる、という性質のものだからかもしれません。
また、自分を超える、自他の越境が起こる、今の自分を撹乱する……などのさまざまな言葉で論じているからこそ、わたしの脳がこのテーマを重要な情報として認識できたのかもしれません。
これらは本書の特色だと思います。
なので後半の技法を1つ選ぶ代わりに、第7章 未来のために書く ビジョンのノート からとても印象的なメッセージを引用し、本書の紹介を終えたいと思います。
本書はこんな人におすすめ
自分を知りたい人
何かを書きたい人
じっくり考えを育てたい人
ボヤくばかりのノートから抜け出したい人
自分は真面目すぎると思う人
他者を信頼するのが苦手な人
会社や社会のノリに疲れた人
なにかとリセットしたくなる人
『勉強の哲学』を読んで感銘を受けた人
発売日:2021/07/23
レーベル:星海社新書
サイズ:18cm/309p
ISBN:978-4-06-524330-5
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