情けは人の為ならず、巡り巡って己が為/高校野球ハイライト特別篇・彦根総合
練習は「歌」で締める。ただし「校歌」ではない。
宮崎裕也監督が選んだ「栄光の架橋」をはじめ、保護者が選んだ曲や、選手自ら選んだ曲もある。秋山昌広主将を中心にマウンドに集まった選手たちは、肩を組み、少し恥ずかしさと戦いながらも声高らかに歌い上げていた。
「野球の練習のうち、本当に全員でできることは少ない。誰しもの記憶に残るメニューとして『合唱』を組み込んだ。壮行会では親も歌うし指導者も歌う。下手でいい。歌詞に向き合い気持ちを込めてほしい。来年にはステージを借りて発表会もしたいんだ」。
宮崎監督が毎晩YouTubeを見て曲を探した背景には、「自分のことしか考えていなかった」現役時代の後悔と、「社会全体で『情』が薄れている」という危機感、そして「名門になれるか、強豪で止まるか」の節目に立つ強化2期生への親心があった。
スタメンとベンチとスタンド、指導者に保護者。全てを含めたチーム力をテーマに彦根総合は夏に向かう。その象徴ともいうべき「練習」が合唱なら、「存在」は3年の峯優太だろう。
秋の大会まではベンチ入り捕手だったが、冬の練習中に腰の痛みが爆発。しばらく練習を休んだが回復の兆しが見えず、チームとして初めて学生コーチへの転身を宣言した。
「選手をやめるのがキツくて、なかなか言い出せなかった。監督に相談したら『自分で決めろ』と言われて…。ただ、この代が大好きで、少しでも一緒にいたかったし、力になりたかった。甲子園に行くために嫌われる覚悟もある」。
ノッカーや記録員、後輩指導にとどまらず、時には采配の補助をすることもある。峯自身も将来野球の指導者になるため、監督の考えを少しでも吸収しようと奮闘を続けていた。
「高校野球をやり遂げたこと自体を誇っていい。人間1人では生きられないのだから、立ち位置を恥じることは全くない。全員がチームのために行動し、見る人を感動させる試合をしてほしい」。
宮崎監督が考える「強豪」と「名門」の違いは、実力ではなく人間力にあるという。「情」を大切にする「名門」の人間は、知らず知らず周りへ良い影響を与えている。
奇しくも秋にケガでほとんど投げられなかった2年生左腕の海鋒亨哉は、「リハビリ組で峯さんにずっとお世話になった。この夏は峯さんのために投げる」と力を込めていた。
情けは人の為ならず、巡り巡って己(おの)が為。
宮崎監督の言葉を思い返し、私も106回目の夏に「情」を持って臨みたい。