『バナナ魚日和』サリンジャー(沼澤洽治)

「雰囲気が全然違うから絶対沼澤翻訳版で読んだ方がいい」とご紹介いただいて、絶版の方のこちらで読みました。新しい翻訳では『バナナフィッシュにうってつけの日』という題名らしく、それだけでも全然空気感が違う…。
バナナ魚、というどことなく牧歌的でトロピカルな、色の対比が目に見えるようなネーミング、良いですよね…。

・一番好きだった一文『父母は僕たちを愛すると同じに、僕たちを愛する理由を愛してる。いや、理由の方を愛している時がほとんどだ。』
 
一話目、表題作が凄まじい、しかし静かで淡々としていました…。
閉塞感の表現が濃密でした。柔らかい空気が全身に圧し掛かるように作られていく、そして柔らかく千切れるように話が終わる。
直接描かれていなくても、文章の空気の中にアメリカの都市と戦争の香りがしました。退役軍人の話など、サリンジャーの経歴を改めて思い出させられてぞくぞくしました。『エズメに~』の話が一番大好き。
 
『笑い男』は、怪人が中国系なんですよね…。
 
昔中国人の友人とした会話なんですが…。
「僕ら中国人は西洋人に、何でもできるって思われている。映画に中国人キャラクターを出すと、(中国人は無敵すぎて)話がつまらなくなるから、中国人キャラクターを使うのは禁止、なんて話も聞いたことがある。
西側の国の人(=西洋)のイメージでは、中国人は魔法的な術を使うし、アクロバティックな体術で何でもするし、どんな悪いこともする。
ミステリーやSFなんかには特に、こんなチートなキャラクターを入れるとストーリーが破綻する。犯罪物なんかには一番最悪で、何も面白くなくなる」
「これってジョークなのかな。僕らはこれを面白いと言って思っていいのかな、差別って一体何だろう」
 
その時は(ふーん)で終わってすぐ違う話に移ったんですが、なんか思い出しました。なるほど、中国人何でもする、アクロバティックな体術で、魔術で、どんな悪いこともする。一昔前の西洋人にとっての、「プロトタイプな中国人像?」を本で読んだのが多分初めてで、これのことか…? と思いました。(でも単に私の思い違いで、考えすぎているだけかもしれないです)
 
『笑い男』はストーリー上では特にあまり何も起こっていないのに、こんなにハラハラして最後少し○○させられた、これぞ小説の真骨頂…! みたいな気持ちになりました…。美…。面白かった。
 
『テディ』はまた禅に似た話が入ってくるのですが、(偶然別の方からお勧めいただいて、禅の本を今、同時進行でちまちま読んでいます)
禅というものに凄く合致してしっくりくる部分と、これちょっと…禅を参考にするために何か読んで誤読して書いた? みたいに思わされる部分もあったりして。本の大筋以外でも楽しめて良い体験でした。(テディの本文には別に、これは禅に関係する話だ! な明記は一切なかったので、これは私が勝手に「禅に似てる!」と騒いでいるだけです…。)
 
一冊最後まで読んだ後で本を閉じて「一作目のバナナ魚日和凄かったな」とキュンとしました。深く重く心に来るわけでもないのですが、何か刺さった感じが抜けない。忘れられない一冊になりました。読めて本当に嬉しいです。ご紹介くださったM様ありがとうございました。

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?