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『砂の本』 ホルヘ・ルイス・ボルヘス
書物を愛する奇才といえばボルヘス。
“バベルの図書館”という代表作のその名の響きだけで、本好きは気持ち良くなってしまうのでは。
そんなボルヘスが、本好きならば一度はその手にかかってみたいと思うような本の魔力を書いた短編がこちらである。
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「わたし」が語るのは、ある奇妙な本を入手した体験だ。
ある日の夕暮れに戸口にやってきた聖書の行商人。彼が言うには、「ある神聖な本をお目にかけられるんですが、多分お気に召すと思いますよ。」とのこと。
インドで手に入れたというその本は、多くの人の手を経てきたと思われる古いもので、知らない文字で書かれ、ひとつのページには子供が描いたような挿絵が入っている。ページの隅にうたれた数字は、まるででたらめの並びである。
この本は、『砂の本』というのです。砂と同じくその本にも、はじめもなければ終りもない、というわけです。
この本のページは、まさしく無限です。どのページも最初ではなく、また、最後でもない。
それは全く不思議な本で、表紙から1ページ目を開こうとしても、どうしても指と表紙の間に何枚ものページがはさまってしまう。一番最後のページを開こうとしても同様である。
♪♪開いてみるたびページが増える♪♪まさに魔法の本だ。
受け取ったばかりの恩給の全額と先祖伝来の貴重な聖書を行商人に差し出してこの不思議な本を手に入れた「わたし」はその後、本を盗まれる恐怖から友人にも会わなくなり、家に引きこもって本の研究に夢中になる。そして。
夏が過ぎる頃、その本は怪物だと気づいた。・・・それは悪夢の産物、真実を傷つけ、おとしめる淫らな物体だと感じられた。
本の虜となることに危険を感じた「わたし」は、『砂の本』を国立図書館の棚に(どの位置のどの高さの棚か注意しないように努めながら)こっそり隠したが、いまやその図書館のある通りを通るのも嫌である、という語りで話は終わる。
始まりもなく終りもない、同じページに再び巡り合うことは一度とない、開くたびにページが湧き出る魔法の書物。
本好きならば一度ははまってみたいという誘惑に駆られる、沼も沼の「底なし沼」本である。書物の帝王ボルヘスをして(フィクション中ではあるが)恐れ慄かせたとなると、ますます一度くらい手に触れてみたくなってはしまわないか。
本を愛する同志への小さな贈り物のような、魅力的な一編である。