『生きものたち』 吉田知子
6の掌編から成る短い作品『生きものたち』から、「鳥」という一編を紹介したい。
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サラリーマンの岡と妻の末子は結婚して15年。子供はなく、岡の会社から程近いアパートに2人で暮らしていた。
末子は異常がつくほど繊細な性格で、度を超えた人嫌い。デパートもレストランも映画館も嫌いで、唯一の楽しみは、部屋の隅っこで小さくなって刺繍や編みものをすることだ。
ある日、岡が帰宅すると末子の気配がない。探してみると、「箪笥の向こう端の、壁と箪笥の間の三十センチほどのすきまに向こうむきにはまりこんでいた」。
その姿を見た岡は「また始まった」と思う。聞けば、同じアパートに住むある奥さんのことが怖くなってしまったということだった。
そうなるともう、末子の恐怖心と妄想はとめどなくなり、奥さんが見張っているからと、共同の便所にも行けなくなってしまう。
末子が誰かを怖くなる度に住居を変えてきている岡夫婦。今回もまた2人は引っ越しをする。
新しい住居に落ち着いた様子の末子だったが、じきにまた、怖がり始める。今度怖くなったのは、老婆たちだった。
揃って頭から足の先まで黒ずくめの格好をして手に鈴を持った5、6人の老婆達が、岡の留守中にいきなり玄関に侵入し、口々になにか呟き鈴を鳴らしながらしばらくいた後で、出て行ったという。
なんとも異様な光景に聞こえるが、それを聞いた岡は、それが古い農村にある風習の「念仏講」であり、喜捨を求めに来ただけだとすぐに分かった。
念仏講で外を回るのは年に一回だけと知っている岡は、余計な説明をはぶいて「もう来ないよ」とだけ末子に言う。
しかし。
上目遣いの臆病な眼でちらちらと岡を見る末子に、今度はどうしたと問うと、あなたがなんだか変で、もしかしたら違う人間じゃないかと思って怖いのだ、と言う。
末子は四六時中びくびくするようになり、食事も岡が済ませてから台所で一人で取り、夜も岡が寝入ってからでないと眠らなくなる。
岡は未子の代わりに買い物をし、玄関の鍵を開けてもらえるまで辛抱強く待ち、家の中では未子を怖がらせないように身を縮めて過ごす。
精神のバランスを崩した妻に、ひたすら献身する夫。しかしその献身が報いられることはない。
岡自身の存在すら意義を失っていくそんな日々の、ある夜中に、岡は暗闇の中で起きている末子の気配をうかがい、その名を呼ぶ。
不穏な情景、不気味なディテイルにぞくぞくするが、語られる物語はひっそりと哀しい。初読では末子のインパクトが強いが、一度読んだ後でもう一度読み直すと、異様さのインパクトが薄れて、岡の哀しさがより深く胸に食い込む。
一文の無駄もなく、吉田知子ワールドが織り上げられた一編だ。
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他5編も、鷹、犬、ライオン、猫、蓑虫と、生きものの名前がタイトルになっている。
どの物語も、心理的に閉ざされた孤独の中で壊れていく人々を描き、ぞくっと怖く、ひんやり哀しい。
吉田知子の独特の世界は映像でも楽しみたいものだと、作品を読むたびに思う。