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ショート/短編「僕、彼女」

夏の昼間、爽やかな風の中、綺麗で沢山空の中に溶け込むシャボン玉を想像して欲しい。それが僕の人生で彼女と過ごしてきた時間だ、そう思っている。

僕はどうしようもなく幸せだった。こうして幸せだったて書くと、彼女ともう僕は終わった、所謂「恋仲」ではなくなったと思われるかもしれないが、実はそうではない、一緒に住んでいた家から出ていって、遠距離になり、お互いに時間と空間の溝は生まれたが、何時も僕は彼女とカップルだし恋仲だしカレカノである。
なぜか人は、人生の中で区切りを見つける事で次に進めると思っている。
僕が好きな学者の言葉にも、人生は出会いと別れの相互連結で成り立っているという言葉があるが、僕と彼女は特別だと思う。

だって彼女にプロポーズをした時、彼女が泣きながら断った時、彼女と一緒に病院に行った時、そして…彼女の人工呼吸器が外された時、僕は彼女との時間を区切りにするつもりなんてどこにもなかった。

みんなからは、もうしつこいくらい言われ慣れている「かわいそうとか」「振り切って生きろとか」「僕が幸せになる事が彼女の幸せだとか」
でも、僕はそんありきたりな言葉を聞いても、今日も彼女と一緒に散歩に出かけて、綺麗な夕焼けを見て、一緒に2人が好きなB級ホラー映画をネット配信で観ている。
いや、散歩も夕焼けも映画もどうでもいい、彼女の事をずっと僕は見ているから。

ここで、頭がおかしい青年で、【おすすめの精神病院】なんかも紹介しないでほしい、これを唯一相談した姉貴にとっくに「頭がおかしくなってる…」とか言われて、カウンセラーにかけられても時間の無駄って事が分かったから。

でも、時間てのは残酷なもので、どんだけ必死で彼女を見ていても、だんだんと彼女が色褪せていく、彼女の匂いを忘れていく、そして何より、彼女が最後に愛してくれたことをもう僕の心の中で「消化」をしようとし始めている。

僕は彼女と居る以外、特に趣味がなく、今まで仕事以外にやる事がない男だったけど、最近同僚に無理やり連れられたビリヤードに、初心者ながら良いスコアを出して、それ以来少しだけ、あのビルの3Fに通うのが楽しみになってしまった。
顔馴染みの友達も増えた。気さくな人ばかりだった。

そして、彼女とは全く顔も声も、背丈も違う、カノジョと出会った。

僕はおかしかったのか、それとも、今おかしくなったのか。
カノジョと2人で遊んでいると、もう彼女は見つけられない。
そしてカノジョと付き合い、結婚をして、僕の子どもを産んでもらった。

そして今、隣には妻と、膝の上に長男がすやすや寝ている。

‥‥‥ねぇ、もう顔も声も何もかもはっきり覚えていないけど、君はどうなんだろ。
こんな浮気男なんてもう別れた方が良いのかな?実を言うとハッキリ君に言うのが怖かったんだ‥‥でも、勇気を出さないと‥‥
「あ」

「ありがとう…今まで楽しかったわ!だから別れましょう、大丈夫よ」

「え!?」

「!?え…なに?」

「いや…今声が…」

「…私寝てたよ…」

「‥‥知ってる」

「隣の人かな…」

「ううん、多分違う…」

「?????」

「あの頃の、シャボン玉みたいな時間が「あったな」て思い出しただけ…」

「?‥‥それって、もしかして、前のかの」

「ねぇ今晩何食べる??」

「…えーとねぇ、あなた特製ビーフシチューは?」

「いいねぇ、僕特製ビーフシチューにしよう」

「やった!まるも喜ぶよ」

「そうだねーまるが起きたら買い出しにいくかー」

「そうだね!」

そうか、フラれちゃったかぁ、でも僕も楽しかったよ、今までありがとう

それじゃ、
さようなら


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