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楽しいの後に感じる怖さと罪悪感…

先日
「ランチ会楽しかったぜ☆」
という投稿をしたのだけど
投稿前、ものすごい抵抗が出た。

これ、投稿していいのかな。
誰かが不快な思いをするんじゃないかな。
嫌な思いをさせたらどうしよう。
私なんかが楽しんでごめんなさい。
楽しかったなんて知られてはいけない。

こんな感じ。

で、いつも通り
「なんでだー?」と考えてみた。

わかった…
これは「母に対する罪悪感」だ…。

「あんたは自由に使えるお金があっていいよねー
 私なんか、自由にできないのに
 あんたばっかりずるい
 私のいないところで楽しむなんて
 私のことなんかどうでもいいんでしょう」
みたいなのが聞こえていることに気付いた。

母は昔からいつも不幸せそうだったし
私が楽しかった話をすると
「あんたはいいよねー。私なんかさ…」
が始まる。

そうすると私の中では
「え、あ、あの、ごめんなさい。」
「楽しくてごめんなさい。」
「母を置いてけぼりにしてごめんなさい。」
「もう楽しいことはしません。」
「だから許してください。」
こんな感じになる。

この当時、こんな風に言語化して
考えていたわけではないけど
今思い返すとこんな感じだったように思う。

実際のところは
「………。」
という感じだったけどね。
今思えば多分、思いを認知すると辛くなるから
感覚を切ってたんだと思う。

あと、楽しかった日の次の日の仕事前って
めちゃくちゃ緊張する。
なんていうのかな
「怖いことが待ってる気がする。
 やだ、どうしよう。逃げたい。無理」
こんな感じで、ぐるぐるするんだ。

これはもう
「楽しかった後は、突き落とされる」
という観念だと思う…。

「ママ、楽しかったんだよ!」と言うと
漏れなく、母のチクチクがやってきて
私の罪悪感を刺激するんだから
そりゃぁねぇ…
「やったー!楽しかった!」だけで
終わるわけがない…(;´д`)トホホ…

風船のようにフワフワした気持ちが
パンッて弾けて墜落するんだから…。

今はただ、受け入れていこう。
あぁ、罪悪感を感じているんだね。
悪い事が起こるって怖がっているね。
楽しかったことが申し訳ないんだね。
でも楽しかったんだよね。

私はただ
「楽しかった!」と言ったら
「楽しくて良かったね!」と
抱きしめてほしかったみたい。

今、それができるのは私だけ。
だから私の中の小さな私をハグして
言ってあげよう。
「楽しくて良かったね!
 お話もっと聞かせて!」
って。



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