過食(たまに嘔吐)
令和6年11月10日(日)
前回の記事では、依存症について書いたので今回はその続き。
依存体質とは
依存体質な自覚がある。
多分、生まれつき幸福度を感じにくい体質な気がする。
これは脳内のホルモンなどを検査し数値化することで、より客観性を持つかもしれない。
発達障害などでは、
生まれつき特定の脳内のホルモンに問題があるというのは聞く話だから、
私の依存体質もそれと同じような理屈で説明がつく気がする。
自然に幸福を感じる機能が弱いと、刺激を求めるようになる気がする。
最初のアディクト
私の最初のアディクトは、
お菓子=糖から始まった気がする。
中学生のときに不登校になり、その頃からお菓子への異常な執着が始まった気がする。
最も、もっと幼少の頃からお菓子に対してかなり欲張りだったし、そのことを祖母にたしなめられた記憶もある。
(でもこれはお菓子そのものへの依存というよりも、弟妹に取られたくなかったという気持ちが大きいかも)(今となってはわからない)
でも、日々の幸福度が乏しいからお菓子で満たそうとする…という構造がこのとき既にあった可能性もないとは言えない。
まだ自意識もそこまで発達していなかったし、私は子どもの頃の記憶やそれに伴う感情があまりないので全て想像になってしまう。
不登校と同時にお菓子に耽溺
中学生の時のことを印象的に覚えているのは、「不登校」という分かりやすいキーワードがあったから。
親が教育熱心だったため、無理にでも登校すべしという圧はしんどかったし、でも無理なもんは無理…だし、
この頃の憤りや不安感は割と覚えている。
高校へ入ってからもすぐ不登校になったから、「高校すら出ていないようじゃ、お先真っ暗だよ」と言われ、まんまと信じて「そうか〜私の未来は真っ暗なんだ〜」と考えるようになった。
これは割としっかり目に刷り込まれて、大人になってからも「私にはろくな未来はなさそう」という感覚は割と根深かった。
親の意図としては、「(お先真っ暗は嫌でしょ)だから将来のために高校へ行きなさい」だったのだろうけど、
私の中では、高校へ再び行くようになることはもう逆立ちしたって無理なこととして確定していたから、
ってことは、「お先真っ暗だよ」も確定したのだった。
どうせろくな未来がないなら、、、、、、とりあえず今を乗り切ればいいや
この頃から、長期的思考が苦手になってきたかもしれない。
この長期的思考が苦手なことと依存体質なことは関係が深いと思う。
依存症の人が依存対象で得られる幸福度や苦しみから逃れられる感覚は、かなり儚いものだ。長時間は続かない。
長期的思考で「今はこれをやらない方が良い」「今これをやっておくと良い」という考え方ができなくなってくる。
続く…
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