ニューヨークの思い出
今日はクリスマスの思い出を語ろうと思う。
今から35年も前のこと、私は初めての海外旅行でクリスマスシーズンのニューヨークに一人で行った。一人といっても、完全な一人旅は怖いので、現地ガイドつきツアーに一人で参加した形だ。
参加者は夫婦が3組(うち1組は新婚旅行)と私の全部で7人。皆さん一人で参加している私に親しくしてくれて、とても良い方ばかりだった。
基本ガイドさんに案内してもらって皆で一緒に観光したのだが、自由行動の日というのがあって、その時は完全に単独行動だった。
あとから旅を思い起こす時、印象深く刻まれているのは、やはり一人で行動した時の思い出だ。旅は一人で、若いうちに、とつくづく思う。
一人で散歩していて道を訊かれたり(NYは人種のるつぼだからそういうことがあると聞いていたが本当だった)ミュージカル「コーラスライン」を観たり(隣のカップルの女性が歌に合わせて小さくノリながらハモっててすごく地元に根付いてる感があった)、ひとつひとつの出来事がとても心に残った。
中でも一番印象に残ったのが、地下鉄に乗った時の出来事だ。
ニューヨークの地下鉄といえば、かつては全面落書きの怖い乗り物で有名だった。私が旅行に行った時点で、それは既に過去の話で、綺麗な車両が走っていた。
それでも一人で地下鉄に乗る緊張感を想像していただけるだろうか。
ちゃんと目的地に着くだろうかという心配に加え、私が座った席の向い側には、いかにもゴツい体格の強面男が座っていたのだ。
絶対に目を合わせない覚悟でひたすら下を向く私。
すると何やら前方から電子音のような音が聞こえてきて、何!?と焦る私(35年前なのでスマホはない)。恐怖に好奇心が僅かに勝り、そっと目を上げると、男は両手で顔を覆うような仕草をしていた。
よくよく見て、やっとわかった。
男は音の出るクリスマスカードを耳に当てていたのだ。うるさい地下鉄の中で、電子音のクリスマスソングがよく聴こえるように耳に近づけて、にこりともせず真面目な顔でじっと聴いていた。
クリスマスまであと10日、という日だった。誰かにもらったのか、誰かに渡そうとしているカードの、音楽を確かめているようだった。
35年経っても鮮明に記憶している思い出である。
「灯火物語杯」inクリスマスに応募させていただきます。
よろしくお願いします。