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君と異界の空に落つ 第2章

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浄提寺を降りて祓えの神・瑞波と共に、旅に出た耀の成長の記録。 ※BL風異界落ち神系オカルト小説です。 ※何言ってんだか分からないと思いますが、私の作品はいつもこんなです。 ※古…
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君と異界の空に落つ 第2章 (少年期)

 浄提寺を降りた耀と瑞波の物語、少年期編になります。  主人公 耀(よう): 男児  記憶の無いまま浄提寺(じょうだいじ)の若き僧正、雪久に拾われる。  異界の記憶を夢で見ていた。  祓えの神、瑞波と共にこちらの世界にやってきて、紆余曲折の後、瑞波と共に旅に出る。  ヒロイン 瑞波(みずは): 男神  独りで生きる事が耐えられず、未来の伴侶の気配を辿って耀の世界へ。  未来の伴侶との思い出を胸に、こちらの世界へ戻ろうとした。  紆余曲折の末、耀の魂と共にこの世へ降りたが、

君と異界の空に落つ2 第1話

 盆の頃を過ぎた夏の終わり、それでも照りつける日の光は強烈で、山の枝葉に守られながら瑞波(みずは)と進んだ耀(よう)である。二人の姿は希望に満ちて、楽し気にして見えた。  耀は黒髪の幼い童子。幼いと言っても十一、二の子供である。  瑞波は白髪の涼やか美人。歳の頃は二十の中頃に見えていた。  どちらも男の姿をしていて、瑞波が耀に従う雰囲気だ。片や人間、片や神。問題は山ほどあるが、二人は未来の伴侶として、足を踏み出したばかりであった。  明るい山を進む二人は、希望に満ちていた。降

君と異界の空に落つ2 第2話

 僧侶だろうが体格に恵まれたように見える男は、驚く耀を置き去りにして、先へどんどん進んでいく。その余りの豪胆さに耀は目を瞬いた。物言いたげな瑞波だったが、はっきり『嫌』とは言わなかったのだ。慌てて後を追って行くと、屋台でくし餅を買っていた。団子というには平べったくて、僅かだが味噌が塗ってあるようだ。 「ほらよ」  男はずいと差し出した。勿論、自分の分も買う。  寄進された銭なのだろうか。耀は想像してみたが、男の圧を感じた為に「ご馳走になります」と頭を下げた。そうして更に先

君と異界の空に落つ2 第3話

 瑞波(みずは)は分かりやすく怒った顔をしていたが、怒りが積もれば積もる程、無口になって無表情になる、そうした性格の部分まで理解されては いなかった。  耀乃(あけの)の世界から、こちらの世界へ降りて、凪彦に押さえ付けられていた一年半……程か。その間、姿を見る事も叶わなかった瑞波の意識は、過保護を超えて執念になり、あれだけの柱を立たせるに至った。  やっと凪彦に解放されて、耀乃が入った人間の童子を抱いて、どうしてこれだけの穢れを未来の伴侶に呑ませたか。凪彦への冷めやらぬ怒りが

君と異界の空に落つ2 第4話

 亜慈が居なくなった後、彼の言葉を気にしたのだろうか。和尚は怪しい性格なれど慎重らしく、「一応、祓っておくか」と適当な事を口にした。  浄提寺では除霊や浄霊、或いは鎮魂の意味合いを持つ、ご供養、という言葉を使うのが多いだろうか。祓う、というのは神宮から預けられてきた、樹貴(たつき)のような神職が用いるものである。  修行が中途半端な耀には”浄化”と”清め”の差も分からぬが、除霊と聞けば人に取り憑いた死霊なり悪霊なりを、取り除いたり、納得させて成仏して貰う類のもので、祓うのとは

君と異界の空に落つ2 第5話

 それは、想像以上の理不尽だった。  流石の耀も気が滅入るくらいの理不尽の数々だ。  夕餉が終わると翌日の予定を言い渡されて、殆どが掃除だったから、気を抜いてしまった部分はある。虐められた経験も無いから、どういうものかも分からなかった。  浄提寺では小坊主は振鈴(しんれい)の番が割り当てられて、順番に早起きをして、起床を促す役目を負っていた。朝晩は冷えるけど、暖かい地方に来た事もあり、そこに居たより格段に早起きするのは苦ではない。炭がなくても手足の冷えは我慢出来る程だから、早

君と異界の空に落つ2 第6話

 彼が用いた手法は、よく伝え聞くものである。耐え難い思いをするだろう相手との閨(ねや)の一幕で、知恵を絞った先人達が実践したと語られる。千夜一夜物語のように彼には文才は無い訳で、実行出来るとするならば、思いつくものは一つだけ。  分かりやすい怒りの先、口を噤んで静かになった、瑞波の無表情を見て、耀は少しずつ分かり始めた。彼自身が静かなる聖域となるように、度が過ぎた”穢れ”を見ると遮断が始まるようだ。穢れというよりは嫌悪だろうか。とにかく”怒り”に通じるものだ。  そう……多分

君と異界の空に落つ2 第7話

 何が引き金だったのか、その時は分からなかった。  いつも通り朝の掃除を終えて、朝食の手伝いに厨(くりや)へ行った。  はっとした顔の英章(えいしょう)は、「お前、大丈夫かよ?」と言ってきたけど、何がです? と耀が返すと口ごもる。分かっていたけれど、敢えて惚(とぼ)けた耀である。瑞波の可愛い部分を知って、むしろご機嫌な様子であった。  体も辛そうに見えないし、何処となく機嫌が良さそうなのだ。英章は”何も無かった”と昨晩の事を予想して、それでも気になるから「昨日、どうだった?」

君と異界の空に落つ2 第8話

 その惨状、凄惨たるや……鉄錆の匂いに糞尿の匂いが混ざる。  人が腑(はらわた)を裂かれた時に、発する匂いである。  縁側の廊下から踏み入った耀の目に、短刀を手に持った兄弟子の姿が見えた。視線と表情が虚ろな様で、お堂に転がった三つの死体を見遣る。  一つは和尚。一つは兄弟子。一つは英章の骸に見えた。  既に息が無い事を察するのは容易くて、開かれたままの目を見れば、その無念さが受け取れる。  それぞれ胸と、腹と、腰。溢れ出てくるものを、必死に止めようとしたのだろう。固まった体は

君と異界の空に落つ2 第9話

 その地方に細(ささ)やかな徳を落とし、また放浪の身となった耀と瑞波だ。気持ちの方は切り替えたものの、耀は黙する事も多くなり、人里から離れた山の中を行くようになる。  まだ山の中には山菜やきのこ、あけびに山芋、胡桃に橡(とち)の実と。彼にも食べられそうなものがあり、順番に手に入るそれを糧として細々と生きていた。  大きな川を見つけては釣りをしようかとも思ったが、貴重な針を折るのは忍びなく、糸の強度も心配で。ならばと簗(やな)を使った漁を思い浮かべてみたのだが、竹を切る鉈も無く

君と異界の空に落つ2 第10話

 大切な事を語らうように、昔話をするように。瑞波からの説明で、耀は彼のこの国での立ち位置を把握する。  社を持たぬ祓えの神。  とはいえ、神々の世において、瑞波はそれなりに有名な神らしい。  力もそれなり、大神には負けるだろうが、準じるくらいの力はある。弱い神ならねじ伏せられるし、虫も一拍で消し去れる。動物も同じ。圧を掛ければ遠ざけられる。  女神にモテるというよりは、男神にモテる方。  それが嫌で瑞波は神を、避けるように生きている。  友神は凪彦のみ。顔見知りは居るそうだけ

君と異界の空に落つ2 第11話

 暖かい山のおかげで、ぐっすり眠れた耀だった。  瑞波へと祝詞を唱え、腹の穢れを祓って貰う。それから二人は昨晩知った温泉を目指して歩き、耀は道中、食べられそうな山菜を採っていく。  源泉ならば熱かろう。その場合は何処かの川から道を引かなければならないが、食べ物も豊富であるので頑張れる、と考えた。住みやすそうなら温泉の近くに住居を構えても良いと思う。取り敢えず屋根さえあれば。壁は少しずつ整えよう。そうか。この山になら家を建てても良いかも知れない、と。斜面を登りながら明るくなった

君と異界の空に落つ2 第12話

 瑞波は『付いて行くんですか?』と心配そうな顔をしたが、耀は『あぁ言ってくれているし、行くだけ行ってみようと思う』と。まだ不安そうにする彼を宥めて、集落の坊主を追って行く。  示された獣道を降りながら、ふと向いた視線の先。連なる小さな山の上に何かが立っているのが見えた。耀の視線に気付いた瑞波が『あれは人が作った社のようなものですよ』と。社と聞けば、立派な社殿を思い浮かべる耀だけど、彼の説明を聞く限り、そればかりではないらしい。 『人が山に神性を見出すとき、それは大樹だったり

君と異界の空に落つ2 第13話

 一番鶏(いちばんどり)が鳴く。まだ外も暗いうち。昨日、善持(ぜんじ)に見せて貰った畑の鶏舎の鶏だ。  耀にとって鶏と言えば白い印象なのだけど、此処で飼われているものは真っ黒なものである。膨れ上がった体毛も跳ねた尾羽も真っ黒で、鴉(からす)の羽より艶々として、雄は渋色の鶏冠(とさか)を被る。この辺りで昔から飼われている種の鶏らしく、一羽一羽が物々しくて、特に雄は威厳が凄い。卵も取れるし鶏糞を畑に使うから、と。その畑にも冬だというのに作物が成っていて、寺の庭は賑やかで豊かに見え