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猫と私の選択で人生が変わったお話

 選択というものは、人にもの凄くストレスを与えることなのだと知人から聞いた私は妙に納得した。

確かに、これでもかと己の元気さをアピールしてくる太陽に、毎日毎日ヘトヘトになっている今年の猛暑の中では、夕飯に一体何を食べたらいいのかという選択すら苦労するものである。

選択と言えば、私は常日頃から「猫と仲良くしようとする」という選択をしてきた。

だが私は猫アレルギーであったため、猫と仲良くしようとする度に散々な目にあってきた。

子供の頃には猫を飼っている友人宅へ毎日のように遊びにいき、その度に咳、くしゃみ、及び目のかゆみなど、様々な試練が私を襲った。

それでもめげずに私はさながら苦行僧のごとく、その猫のいる友人宅へ通い続けた。

なぜなら友達と遊ぶのは楽しいし、おまけにふんわりとしたかわいい猫が2匹もいたからである。

とても幸せな空間ではないか。猫アレルギーさえなければ完璧だ。

当時、我々はスーパーファミコン(初期のゲーム機)の「大爆笑!!人生劇場 ドキドキ青春編」にハマっていたのだが、

このゲームはクリアするまで3時間もかかるうえ、当時のスーパーファミコンはとても繊細で、ほんの少しコントローラーを引っ張ってしまうだけで、ビーッと嫌な音を出し、全てのゲームデータを消してしまう白状者だったため、我々は常にゲームの様子を見つつスーパーファミコンのご機嫌取りもしなければならなっかたのである。

私の場合は、そこに猫アレルギーも加わっていた為、滝に打たれた事もないのに修行僧さながらの精神力と体力を費やしていた。

そんな楽しくも過酷な日々が続いた思い出があったため、私は「猫を飼う」などということは、火星に行って逆立ちしながらあかんべーをするよりも難しいことだと悟っていた。

そんな私に転機が訪れた。

ある日、ニャアニャアとか細い声で泣いて近づいてくる、アメリカンショートヘアの様な可愛いらしい毛並みのとても細くなってしまっている猫と家の前で出会ったのである。

その猫は私の部屋から向かいのアパートの前に、いつも子猫といる母親猫であった。どうやら何日も餌を食べていない様子であった。

私はそうかそうか、そんなに困っているのならご飯でも食べていくか、と話しかけながら玄関のドアを開けたままにした。

すると猫はお化け屋敷にでも入るかの様におそるおそおそる我が家に入り、ツナか何か忘れたが、食べて帰っていった。

それから今度は黒猫も一緒にやってくる様になった。

それは母猫の子供であった。近くで見ると母猫よりずいぶん大きく神経も図太かった。地域猫なのか親子ともども耳に印をつけられていた。

彼らは野良猫らしく私が少し動くだけで、ビクッと驚き逃げてしまう。

こんなに毎日せっせとご飯をあげてるのだから、その内慣れて懐いてくれるかもしれない、という夢は虚しくも消えていった。

だが彼らが来るようになって、最初のうちはくしゃみなどが出ていたのだが、不思議なことにある日全く猫アレルギーが全く出なくなったのである。

私がせっせとご飯をあげているあいだ、彼らはせっせと彼らの毛、およびほこり等を運んできていたのだ。

私の身体は毎日それを吸い込み、猫アレルギーに対する抗体を作っていたのかもしれない。

本当に奇跡が起こったのだ。私は今すぐ教会だかどこかに行き、おお神よ!と跪いて祈りたい気持ちでいっぱいだった。

かくして私は猫アレルギーを克服したのだ。
もうどんなに毛を吸い込んでもなんともない。

だがそんな日々を過ごしているうち、いつの間にか餌場を見つけたのか猫たちは家に来なくなった。

寂しさを感じていた頃、ある日たまたまペットショップの前を通りがかったので、さも猫を飼いますよという雰囲気を醸し出しながら、子猫を触らしてもらい毛を思いっきり吸い込んでみた。以前ならくしゃみ、鼻水、目の痒みと誰がみてもアレルギーですねという状態になるのだが、やはりなんともない。

「猫を飼う」などという大それた夢は持っていなかったのだが、ふと横を見ると子猫というには大きすぎる子猫がいた。

聞くと、生まれつき声帯が弱いらしく飼い主がなかなか決まらないので、もう少しでペットショップを卒業しなければいけないとの事であった。

私は少し声が小さいだけではないか、よし私が引き取ろうと思い前金だけ払って店を出た。

そして猫と暮らすことを調べ上げ、心の準備も部屋の準備をしその猫を迎えに行った。

そして今、彼はすくすく成長し立派な雄猫になり、さながら王子の様に自由を謳歌している。

やはり猫アレルギーは出ない。なんなら毛穴の奥の方まで嗅いで、掃除機の様に思いっきり毛を吸い込んでも、全然平気である。

奇跡だ。

あの時、あの母猫に救いの手を差し伸べるという「選択」をしたから、あの時、母猫が私に助けるもとめるという「選択」をしたから、私は「猫を飼う」という火星に行って逆立ちしてあかんべーするよりも難しいことを成し遂げられたのだ。

これは不思議というしかない。不思議な出会いが人のアレルギーすら治してしまうこともあるのだ。

そういえばあの国民的大人気キャラクター「ドラえもん」の生みの親、藤子・F・不二雄先生も、野良猫と仲良くなり、それが一つのきっかけになって、ドラえもんが誕生したと漫画で書き記しておられていた。

詳しくは「ドラえもん0巻」に記載されてるので、ぜひお読みいただきたい。とても面白いのだ。

もし先生がその猫と出会わなかったら・・・。
もし先生がその猫と仲良くなろうとしなかったら・・・、「ドラえもん」はこの世に生まれることはなかったのである。

なんとも寂しい世界ではないか。

藤子・F・不二雄先生よ、猫と仲良くなってくれてありがとうという感謝の気持ちでいっぱいだ。

猫と仲良くなるというのも、地味だがひとつの決断だ。もちろん猫アレルギーが治るという事と、ドラえもん誕生とでは天と地ほどの差があるが。

猫だけではなく、人との出会いもきっと素晴らしい。人と仲良くなれないという人は、動物、又は猛禽類でも爬虫類でも植物でもこのさいなんでもいいから、「いきもの」と仲良くするという決断をすると、何か素敵なことが人生に起きるのではないか、と私は思う。
もしかしたら火星に行って逆立ちをしてあかんべーをするより難しいこともできるかもしれない。



余談だが、近所に赤信号の時に必ずその場で待ち、青信号になったら渡るというなんとも律儀な白猫がいる。

彼か彼女か詳しくは分からないが、間違いなく正しい選択をしている者である事は間違いない。






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