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映画レビュー「地上5センチの恋心」:異文化の垣根を感じた瞬間


フランス映画の隠れた名作
「地上5センチの恋心(原題:Odette Tourlamonde)」は、デパートのコスメ売り場で働く主人公オデットが織りなす、心温まるストーリーです。

しかし、この作品を通じて私が特に印象的だったのは、社会階層の違いがいまだにフランス語圏において深く根付いていること。
その現実が、映画全体のテーマにも影を落としていて、日本人の私には、異文化として興味深く映る部分が多く、心に残る作品でした。

ストーリーとテーマ

オデットは、デパートのコスメ売り場で働きながら、失業中の娘や美容師の息子と、アパートで暮らしています。

夫に先立たれた彼女の生活は決して華やかではありませんし、住んでいるアパートも狭々しく、インテリアも安っぽいのですが、彼女の人生にはひとつの大きな喜びがあります。それは、ロマンチックな小説で人々を魅了する作家バルタザール・バルサンの作品です。
彼の著作を読むひとときは、彼女にとって日常のしがらみから解き放たれ、心が空中を舞うような、そんな大切な時間なのです。

一方、バルサンは成功者としての名声を持ちながら、最新作への批評に傷つき、人生の意義を見失っています。
そんな彼が、地方都市の書店でのサイン会をきっかけにオデットと出会い、自分の居場所や幸せを見つけるプロセスが描かれます。

彼らの関係は、単なる偶然の出会い以上のものとなり、それぞれの心に変化をもたらしていきます。

階級意識が描く人々の「垣根」

コスメ売り場で働く、美肌が自慢の中年女性オデットが、ひょんなことから憧れの作家と同居する展開は、一見ロマンティックな物語の始まりを予感させます。
しかし、この映画では単なるロマンスではなく、社会階層の差が人々の心の中にどれほど深く刻まれているかが浮き彫りになります。

オデットの周囲の人々は、作家を「彼は知的階級だから我々とは違う」と語り、まるで超えられない壁のように扱います。
ゲイで美容師の息子までがその違いを当然のように受け入れているシーンは象徴的でした。

さらに、最終的にはオデット自身が「あなたとは住む世界が違う」と語り、自らその垣根を認めるかのような場面が描かれます。

これは、日本でよく見られる「既存の壁を壊していこう」という意識とは対照的だと感じました。
ヨーロッパにおける階層とは、そこに現存するものであり、階級があることを前提にそれぞれの人生を生きるべきである、というような
意識の根強さを感じ、保守的な社会の一面を垣間見た気がしました。

物語終盤で、オデットとその家族が海岸の保養地に出かけますが、その行先さえも、高級避暑地として知られているクノッケではなく、庶民向けの保養地として有名なオステンド。
オステンドのキャッチコピーは「ほぼクノッケと同じ。ただし安上がり!」

この場所が象徴するように、同じ海辺でも階層によって人々が集まる場所が異なるのが興味深いポイントです。
金持ち向けの高級保養地が別に存在するという事実も、フランス語圏社会の階級的な分断を視覚的に感じさせました。

このような地域性を垣間見ることができるのも映画の醍醐味です。
観光ガイドには載っていないような、庶民の暮らしや価値観を体感できるのは、まさに映画の力だと言えるでしょう。

映画が問いかけるもの

この映画を通じて、社会階層の「垣根」は誰が作り、どう守られてきたのかを考えさせられました。
映画の中のオデットは、その垣根を崩すことなく、むしろ丁寧に守る姿を見せました。

日本では、こうした階層意識は徐々に薄れ、垣根を乗り越えようとする風潮が強まっていますが、それとは対照的なフランス語圏の現状を知ることで、新たな視点が得られました。

まとめ:人生の光と影を映す珠玉の一作~映画で広がる異文化体験

「地上5センチの恋心(Odette Tourlamond)」は、ハリウッドのロマンチックコメディとは一線を画す、温かくも少しビターな物語です。

人生のささやかな幸せを見つける力、そして階級や社会の枠を超えた人間同士のつながりを考えさせられる作品でした。

また、美しいベルギーの海岸、社会階層の壁、そして主人公の繊細な心の葛藤が丁寧に描かれています。この映画を観れば、普段気づけない世界の一面を垣間見ることができるでしょう。
フランス語圏の文化に触れたい方や、階級意識というテーマに興味のある方にはぜひおすすめしたい作品です。

異文化の視点や、個々の幸せのあり方に興味がある方には、ぜひ観ていただきたい映画です。そして、映画の舞台であるベルギーの風景に触れることで、日常の中にある美しさを再発見できるでしょう。

映画基本情報

タイトル: 地上5センチの恋心
原題:Odette Toulemonde(オデット・トゥルモンド)
監督・脚本: エリック=エマニュエル・シュミット
公開年: 2006年
制作国: フランス、ベルギー
主演: カトリーヌ・フロ(オデット役)、アルベール・デュポンテル(バルタザール役)
ジャンル: コメディ、ドラマ
上映時間: 約100分
あらすじ: デパートのコスメ売り場で働くオデットが、憧れの作家バルタザールと偶然出会い、それぞれの人生に変化をもたらしていく。階級意識や幸福の在り方をテーマにしたハートフルな物語。


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神谷ちよ@あなたの情熱で世界を変える!グローバルプレゼンマスター|異文化コミュニケーション専門家
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