このじゃんけんで負けたほうが偽物の人格ね。
隕石が衝突する確率は低い。ゼロではないけど、日常から遠く離れた世界線にあるからリアリティのある想像や現実的に体感する機会はない。でももし身近で、計算上は起こり得る確率に遭遇したらちょっと怖い。
などと言いつつ、たかだかジャンケンのあいこが10回連続で続いただけの話だ。でも相手がまずかった。
前職に平田さんという男の先輩がいた。顔は私と全く似ていなかったのだけれど、立ち振舞やシルエットなどがとても似ていたらしく、職員が同じ制服を着る仕事だったこともあり、私と平田さんはよく間違えられた。「実は双子なんじゃない?」と職場の皆から笑われるくらい似ているらしかった。
その平田さんと、お土産の東京ばな奈の最後の一個を巡ってジャンケンをすることになり、10回連続であいこになったのだ。
①✊と✊
②✊と✊
③✌と✌
④🖐と🖐
⑤✊と✊
⑥✊と✊
⑦✊と✊
⑧✊と✊
⑨🖐と🖐
⑩✊と✊
本当に、ただそれだけの話だった。けれど最初は笑っていた他のスタッフも、5回目を過ぎたあたりから黙り込み、8回目があいこだったときは顔がひきつっていた。
10回目もあいこになったとき、私と平田さんはお互いを見ながら、目だけで無言で語り合っていた。
ーーおあくんわかってるよね。これがただのジャンケンじゃないってことに。
ーーはいわかっています。僕らは顔こそ全然似ていないけど、それ以外はあまりにもそっくり過ぎます。どちらかが偽物なんじゃないかってくらい似すぎていますよね。そもそも顔が似ていないのに「そっくり」と言われるのっておかしくないですか?
ーーそう、おかしいんだよ。今まで何もかもがおかしすぎた。このジャンケンは運命なのかもね。ジャンケンに勝ったほうが本物で、負けたほうが偽物。これはジャンケンという形を取った、天からのジャッジの時なんだよ。
そう言って、平田さんは腕を振り下ろした。
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「それで、結局どっちが勝ったんですか?」と仲の良い女の子が聞いてきた。女の子をアパートに招いてお茶をしたときに、彼女が「東京ばな奈」を持ってきてくれたので、ふと思い出したのだ。私は言う。
「もちろん勝ったよ。別に本当にどちらかが偽物ってわけじゃないけど、正直ほっとした」
女の子はひどくつまらなそうな顔をして、「手を洗ってきますね」と部屋を出て洗面台に向かった。そして一瞬で戻ってきてこう聞いた「ここってアパートの3階ですよね」。
「うんそうだよ」
「そしてこのあたりは海から遠く離れた街中ですよね?」
私は笑いながら「そうだよ、なんでそんなわかりきったこと聞くの」と答えた。
「排水口に水色の蟹がいます」
えっ。
「だから排水口に水色の蟹がいます。ねぇ、あおさんはジャンケンで何を出して勝ったんですか?」
私はちょっと待ってと言い、両手で視界の1/3ほど遮り深く考え込む体制を取ってみたが、何故だか自分が何を出して勝ったのかが思い出せなかった。彼女が疑惑の目を向ける。
「ねぇ本当に勝ったんですか? あおさんはもしかして偽物の人生を送っているんじゃないですか?」
そんなわけはない。でも、どうしても思い出せない。何故だろう、全く思い出せない。
「水色の蟹、まだ排水口にいますよ。見に来ますか?」と女の子が言う。
でも足がすくんで動けない。水色の蟹なんて人生で一度も見たことがない。それがこのタイミングで出てくるはずがない。行ったら何かが決定的に変わってしまう。女の子の顔が審判のラッパを鳴らす天使のような射抜く表情に変わる。もう一度「見に来ないんですか」と言う。
でも行けない。ーーどうしても行けない。