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君の結婚がしたい材料にはしないで。
おやや。
結婚願望ある?って聞かれたら「できることならしたいよ」と答えてきたのに、本当の本当の本当にしたいの?って昨日午後に台所でそう聞かれたら、そうではないと気がついてしまった。
アパートに招いた女友達にコーヒーを出しながら考え込んでしまった。あれ、僕、本当に結婚がしたいわけじゃないな。
もし、本当に結婚が主軸なら、あのときも、このときも結婚を決断していたなぁと、なんだか妙な気持ちになった。一緒にコーヒーを飲んでいる彼女が常々「私は好きな人と一緒にいたいだけなんだよね」と言っていた四角い言葉の箱がすろんと心の凹の部分にぴったり収まったなぁ。
私も一番は、好きな相手とただただ一緒に暮らしたいだけなのじゃ。
結婚という価値観が染み込んでいるのではなく、そもそも私の世代ーーという複数形で括っていいのかはわからないけれどーーは「普通は結婚するもの」という畑から生まれて育った。だから、考え方をシフトすることはできても、ネガティブな意味ではなく、その思想は自分の一部なのだよなぁ。
友人と二人してうむむと唸ってしまった。
少ししてその女友達が「結婚したいっていう気持ちが最初にある相手でもいいの。でもその場合は、『だったら私に全幅の愛情を注いでよ』って気になる」と言い、こう続けた。
君の「結婚がしたい材料」にはしないでって思う。
魂から出た奇跡のような言葉だと、私はぽぉっとした。昨日今日かんじていたわけではない、かといって言葉にできていたわけでもないだろう一言が、友人のとてつもない人生の葛藤の結晶として今ぽろっとこぼれたのだ。
彼女はそれからも、相手の積み木の一部になるのは嫌だ、だとか、条件で相手を選べる性格だったら良かったのに、とか言っていたけれど、残念ながらかろうじて音を拾うくらいで意味は頭に入ってこなかった。
君の結婚がしたい材料にはしないで。
すごいセリフだなぁ。強い非難の言葉のはずなのに、誰かにずっと好いてもらいたいという切実な祈りのように聞こえる。
ーーその女の子と私は、比較的さいきん知り合った。
価値観が近く、お互い異性愛者で、できることなら好きな人と一緒に暮らしたいと願っている。
けれど、相手も私も、お互いを恋愛対象としては見ていない。お互いがお互いの条件に叶っていると頭ではわかっていても、こころを大切にする同士だから、これから先もずっと別々の人生を歩むのだろうなぁ。一緒に住むことができない同士、もし片方が誰かと住むことになったらこうやってアパートでお茶することはきっとできない。期間限定の良き理解者なのだ。
たぶん、「結婚」に限らず、頭よりもこころを大切にする人たちはみな、大なり小なりこういったジレンマを抱えているのかもなぁ。
君の結婚がしたい材料にはしないで。
そう思わせない相手と彼女が出会えるのをけっこう真剣に祈っている。それまでは、「君の孤独を埋める材料にはしないで」と言われない範囲で、時おり楽しくコーヒーでも飲もうと思う。おつかれ、今日はふたりとも。