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SOSのサインのかたち

セクハラが嫌いだ。

犯罪のなかで最も不快に感じていると言っても過言ではない。理由は割愛するが、私は働くうえで常にセクハラしないよう意識している。女性から触れられるのは良しとしている、念のため。

その前提があるので、基本的に働くときは神経を使う。よほど仲の良い同僚としかキャッキャウフフできない。

一度、ものすごく仲の良い女性社員にピンチを救ってもらったとき、嬉しさのあまり「Mさん助かりました!愛してます!」と言ったら、Mさんがマンガみたいに腰を抜かした。その時に、もう二度とセクハラはしない、と誓った。相当のピンチだったからといって、あれはだめだ。

それからというもの、私はセクハラをさらに異常なまでに気をつけた。女性からのボディタッチは可とした。仕事上必要な会話と簡単な雑談以外は、すごく仲の良い人達とだけ話すようにしていた。

だからこそあの朝、殆んど全く話したこともない米田さんが急に話しかけてきたときはとても驚いた。

4ヶ月近く一緒に働いていたが、勤務時間も重ならず、おそろしく静かな女性だったから、「おはようございます」「お昼ですよ」「帰る時間ですよ」位しか話した記憶がない。米田さんから話しかけられたことはなかった。

ーーとある水曜日、朝の8時37分。事務所には私と男性上司と米田さんしかいなかった。3人とも黙々と仕事をするタイプで、事務所は心地よい静けさに包まれていた。そして彼女が口をひらく。

そういえば、と不明瞭な声がした。米田さんがこちらを見ていた。

「そういえばあおさんはホテルに泊まったりするんですか?」

唐突だなと思ったが、今までは挨拶やちょっとした声掛けの全てが私発信で、彼女から主体的に話しかけられたのが初めてでーーそのくらい静かな人だったーー少し嬉しくもあり、答えた。

「ホテルですか。最近はあまり旅行も行ってないですからね」

「いえ、そっちのホテルではなくて……あおさんてどんなセックスをするのかなと思って」

米田さんはすごくいい顔でそう言った。

ーー今でも時々考える。あのとき私は何と答えるべきだったのだろうか。

もしかしたら、「いや、僕は基本的に野外なので」という渾身の小ボケを言えたかもしれない。だが、その日の私には無理だった。バカみたいにただ口をあけていた。男性上司は絶句していた。

そのあと、「だってすごく気になるんだもん」というとてもいい笑顔の追い打ちを受け、私は午後から早退した。

後日談の詳細は書かない。ちょっと笑えない事態に発展したからだ。でも、だからこそ思う。あんなにいい顔でセックスの仕方を聞いてきた彼女に、私はなんと答えればよかったのだろう。誰か答えを教えておくれ。

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と、ここまで読んでくれた人が少しくすっとしてくれるよう、そして「お前も無自覚にセクハラしとるやんけ」思われるよう書いたのだが、当時から割と本気で思っていたことがある。米田さん、仕事で精神的にかなり追い詰められていたのではないだろうか。私はそこそこのブラック企業に勤めていて、米田さんはデスクこそ近かったけど実際にはかなりブラックな体質の別部署の人だった。

私はとある会社の施設に専門職として採用されていて、米田さんは施設に併設されている音楽や舞台などのホールで非常勤職員として働いていた。

ホールはスケジュールがパンパンに詰まっていたからか、単に短気なだけだったのか、働いている人たちはみな気性が荒く、怒号が飛び交っていた。そこにほとんど新卒に近い社会経験しかない、物静かな米田さんが入った。そしてもちろん怒鳴られていた。けれど誰よりも一所懸命に働き、決して不平を漏らさず頑張っていたように思う。

勤務時間をけっこう過ぎても働く真面目な米田さんだったからこそ、私は「そろそろお昼の時間ですよ。休憩しましょう」だったり、「もう帰る時間ですよ。こまこました雑用はこちらに任せて帰りましょう」とか声をかけていたのだ。考えるまでもなく、そんな米田さんが私のセックスの仕方を朝一番で聞きたいはずがなかった。

ーー彼女が徐々に弱っていくさまを、私を含めて部署の全員が見て見ぬふりをしていた気がする。後日、私は米田さんからストーキングまがいの行為を何度か受け、まぁまぁ怖い思いをした。けれど怖さよりもずっと米田さんへの心配が勝った。

すごく突飛な言葉に隠れてはいたが、あれは彼女なりのSOSのサインだったのだろう。すごくわかりにくいし、人によっては引くこともあるだろうけれど、あれは確かに「助けて欲しい」のサインだった。きちんと。

けれども私は言葉のインパクトにだけ気を取られ(もしくは自分自身が休職するほど仕事や人間関係で疲弊しきっていて)薄い薄いオブラートの下にあるSOSに向き合わなかった。

私は弱っていく彼女に、なんと答えればよかったのだろう。これは誰にも答えを教えてもらったらいけない気がする。

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