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noteの続け方。毎日は同じようで違う。いつか宝物になる今日の思い出をnoteに記す。
夫と話しててはっとした。
上の息子が大学に入るのは12年後。
もう6歳だから、今までの人生の2回分くらいだ。間違いなく、今までの6年よりこれからの6年は早く過ぎるだろう。
12年後、その時自分の歳を考えると、ゾッとしてしまう。その時の親の歳を考えると、もう、稲妻が走りそうだ。臆病な私。考えたくない。
毎日のように、食後に子どもたちがこぼした食べ物や飲み物を拭いてばかりだと文句を言っていても、12年後にはきっと食事の時間は静かで、一瞬で終わるだろう。食べ終わったら息子たちは、勉強なりゲームなりをしに部屋に消える気がする。
昨日のように、キッチンで私の周りで遊ぶ下の子が卵を割って急遽卵かけご飯を食べる羽目になることもないだろう。
まだ赤ちゃんの頃の子どもたちを抱っこして歩いていると、街で会う人によくかけられた言葉がある。
それは、今がいちばんいいときだね。だ。
この言葉には様々な意図や解釈があると思う。
でもなんだか包括的にわかる気がする。
きっと私は今がいちばん幸せなんだ、そう思いながらここまできた気がするからだ。
様々なことに苦悩するのは、選べる道があるからだと思う。楽になることが幸せとは限らない。
この幸せはそのうち終わってしまうんだ、終わったら思い出を懐かしみながら子どもたちの幸せを祈って生きるんだろうな。
そう気づいてからnoteを始めた。
だから、ほんとうは毎日書いても足りないくらいに書く事があるのかもしれない。
私の人生と子どもたちの人生が濃く交わるこの時間には残したい気持ちがあり過ぎる。ただ、文章力や表現力、書く根性がないだけで。
子どもたちが順調に育つかわからない。
子育て失敗と他人に非難されるようになってしまうかもしれない。
けれど、子どもの成長の証をささやかにnoteにしたためておく。
いつも、書くことを探している。
誰も覚えていないような毎日の出来事がいつか宝物になるだろうから、noteにせっせと思い出のかけらを集めているのだ。
まるで海岸に落ちている貝殻を夢中で集める子どものように。