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大野晋著「日本語練習帳」(岩波新書)①
今回から、大野晋著『日本語練習帳』(岩波新書)をもとに文章について、自分が理解していないにもかかわらず、少しずつ見当はずれなあれやこれやを書いていきたいと思います。
本書には、練習問題があって、言語学者の大野晋先生が解説してくださる形式になっています。
早速、はじめたいと思いますが、要約した練習問題ですので原文通りでないことを、あらかじめお断りしておきます。
1 言葉に敏感になろう
練習①
a)「思う」と「考える」という似た言葉があります。
区別して使う文章をそれぞれ書いてください。
個人的には、文章を綴るとき、無意識の領域で書いていると思っています。考えてみると、トシをとり、ボケて厚かましくなったぶん、その傾向が顕著です。
たったいま、「思う」と「考える」を使いました。語尾に他動詞がくっついているので、そのままの状態ではありませんが、感情を表現したいと思ったとき、「思う」を使い、ない知恵を絞るときは「考える」と、私の場合は使い分けています。
三人称で書くときも同じです。「彼女は思う」と「彼女は考える」とでは、ニュアンスが異なります。
胸のうちの思いと頭脳の思考と言えば、いいかと思います。
柔軟な文体にするか、理性的な文体にするかによっても、異なってくるのではないか――。
そう考えると、次の設問のほうが難解になります。
b)どちらを使ってもいい文章を書いてください。
辞書をひくと、「思う」は、感覚に頼って、判断する。あるいは、そのものに絶えず心が惹かれる。「考える」は、経験や知識を基にして、未知の事柄を解決しようとして頭を働かせる。
だったら、どちらを使ってもいい文章とは?
「こうしようと思った」「こうしようと考えた」と、先生は書いておられます。なるほどと思いませんか。
この章の表題は、「単語に敏感になろう」です。
書き出しには、以下のように書いておられます。
『日本語をよく読めるように、よく書けるようになりたいとすれば、最初にどんなことに気持ちを向けるといいか。
文章は一つ一つの単語で成り立っています。文章をほぐしていくと、結局は単語に達します。単語は建築ならば煉瓦に喩えられるでしょう。煉瓦はその一つ一つが同じ形に作られていて、適切に配置されます。煉瓦ならば形は均一ですが、文章を組み立てる煉瓦である単語は一つ一つ異なっていて、文章の中でお互いに微妙に応じあいます。だから、まず単語の形と意味に敏感になりましょう』
目からウロコでした。この本に目を通すまで、どうして自分にしか書けない文体にたどりつけないのかと悶々としました。
才能がないと思うことは簡単です。そうではない。知識が足りないのだと気づくのに膨大な時間を要しました。
気づいた瞬間、何をしたのか。
自分の持っている骨董品のような三省堂の国語辞典を読むことにしたのです。「あ」からはじまって「ん」に行きつくまで、三年かかりました。途中で、アホらしくなって、なんどもやめたからです。退屈のあまり、どこまで読んだのかもわからなくなりました。
思い直し、一念発起して、説明文の中から気に入った文章を選び、書き写すことにしました。「愛」の場合は、『そのものに尽くすことを生きがいと考え、自分をその中に没入させる心』と、ノートに書き留めました。未だに、没入させる文章は書けませんが、二十数年前の私にはこの方法しか思いつかなかったのです。
大野晋著『日本語練習帳』を一読されることを、お薦め致します。
次回の練習問題は「思いこむ」と「考えこむ」です。