稲村恵子

1948年生まれ。37歳の時、はじめて書いた小説で地方紙の懸賞小説に入選し、商業誌に10作 程度掲載されるが、何も思い浮かばなくなる。その後、ゴーストライターの傍ら某大学のゼミで文章を教えること25 年。現在、自宅で勉強会をもち、自費出版会社の季刊冊子に「物語の作り方」を連載中。

稲村恵子

1948年生まれ。37歳の時、はじめて書いた小説で地方紙の懸賞小説に入選し、商業誌に10作 程度掲載されるが、何も思い浮かばなくなる。その後、ゴーストライターの傍ら某大学のゼミで文章を教えること25 年。現在、自宅で勉強会をもち、自費出版会社の季刊冊子に「物語の作り方」を連載中。

マガジン

  • 長篇小説

    「コーベ・イン・ブルー」(全7話)神戸港を舞台にしたクォーターの青年の愛と葛藤の物語。船会社の代理店から委託業務を引き受ける主人公が警察から殺人を疑われる過程で、ヤクザと渡し合い、自らも殺人に手を染める。 「南ユダ王国の滅亡」(全9話)震災にあった孤児の少女が犬とともに紀元前のイスラエルにタイムスリップし、ユダ王国の滅亡に遭遇する。 「ボーイ・ミーツ・ボーイ」(全8話)男子高の体育科に属する、幼馴染の少年二人が、殺人事件に遭遇し、二人の関係が少しずつ変化していく。

最近の記事

【エッセイ】蛙鳴雀躁 No.45

 家賃のいらない三ノ宮の教室をはじめて間もない頃だった。  黒縁の眼鏡に黒いコートにブーツ。コートを脱いでも黒一色。教室にやってきた彼女の第一印象は、暗いというか、地味。ファッションに無知な私は、ブランド物のバッグを所持していてもわからない。見る人が見れば、彼女のセンスのよさに気づいたと思う。いまにして思うと、当時流行していたコムデギャルソンだったのかもしれない。 「書きたい」と言うだけで、押し黙っている。で、突然、涙をこぼす。ええっ! とこっちはド肝を抜かれる。ワケがワカ

    • 異聞エズラ記 Ⅰ

      あらすじ  紀元前四五八年、ペルシアの王アルタクセルクセス・ロンギマスス(=アルタシャスタ)王の治世第七年、正月(第一の月)の一日、律法学者であり、写字生でもあるエズラは、王命により、七千人近いイスラエルの民(ユダヤ人)を引き連れてバビロンからエルサレムに帰還した。    エズラにとって、かつてのユダ王国=パレスチナは未踏の地であった。  物語は、ペルシアの占領地であっても入植を望む民を引き連れ、ユダ王国の領土であった最南端の町ベエル・シェバを訪れるところからはじまる。

      • 【エッセィ】蛙鳴雀躁 No.44

         メソポタミア文明とユダヤ教に取り憑かれて半世紀。60年代から70年代にかけて、ハリウッドの洗脳映画ともいえる聖書を題材にした映画が毎年のように上映されていた。  10代の頃、ろくに学校へ通わなかった私は、三本立てを上映するガラ空きの映画館で半日過ごすことがよくあった。いまのように入れ替え制ではないので同じ映画を繰り返し観た。  飽きなかった。  紅海が真っ二つに分かれたり、難病が平癒する奇跡のシーンは、アホらしいと思いつつ、「神の言葉」なるものに強く惹かれた。しかし、教会に

        • 【長編小説】北イスラエル王国の滅亡 (後篇)       

          あらすじ(後編)  記憶の蘇ったテリトゥは、キャラバンを率いる、ナバテア人のネルに助けられる。砂漠を本拠地とする彼らとともに、アッシリアの聖なる都アッシュルにむかう。その地でハキームと再会。参拝中のアッシリアの若き王シャルマネセルをテリトゥは殺める。  三年後(紀元前七二一年)。  王位を継いだアッシリアのサルゴン王はエジプトを攻略するため、進軍をさえぎる北王国イスラエルの本拠地、サマリア城に総攻撃をしかける。  指揮官のジグリを筆頭に死を覚悟した兵士らの中に十七歳になった

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        • 長篇小説
          24本

        記事

          【エッセィ】蛙鳴雀躁 No.43

           30年くらい前になるかと思う……。  自宅近くのビルの一階で、文章教室をしていたときのことだった。   大きなテーブルを置いたせいで、数人しか入れないような場所だったが、表通りに面していたので深い考えもなしに借りた。  その日、友人が遊びにきていた。  彼女に、なんでこんなアホこと思いついたんやろと愚痴っていた。  そこに見知らぬ女性が、ガラス窓付きの引き戸を開けて入ってきた。  白いブラウスに黒のタイトスカート、同色のピンヒール。ひとまとめに結っている黒い髪は、ほつれ毛

          【エッセィ】蛙鳴雀躁 No.43

          【短編小説】恋の降る夜

           海鳴りの聞こえる、内浦湾の防波堤をのぞむゆるやかな下り坂を左に折れると、一面の雪景色が鉛色の町並みを白く変えていた。  朋子は、病院に近いお寺の前の平坦な道をわざと避けて歩いた。  春から夏にかけては、雑草の生い茂る空き地だが、冬になると、毛足の長い純白の絨毯を敷きつめたようになる。  底の深い靴で踏みしめると、きしきしと鳴って、思いがけないことがはじまる予感に胸が震えた。  朋子は空き地を出ると、人通りのまばらな通りから路地に入って行った。  なんの痕跡ものこっていな

          【短編小説】恋の降る夜

          【エッセィ】蛙鳴雀躁No.42<タカラヅカ>

           10月16日15:30 花組公演観劇  ファンタジー・ホラロマン「エンジェリック・ライ」  作・演出 谷 貴也   芝居の終わった休憩時間に、元シナリオライターのヅカトモは開口一番、「作者はたのしくてたまらない気分で、書いたと思う」と言った。もう一人のヅカトモは、「舞台装置と衣裳がきれいやった!」。  ひとこちゃん(永久輝せあ様)とみさきちゃん(星空美咲様)の大劇場お披露目公演、おめでとうございます。ショーの主題歌にあるように新しい日がはじまろうとしています。    

          【エッセィ】蛙鳴雀躁No.42<タカラヅカ>

          【ミステリー小説】深い河

          あらすじ  令和六年(2024年)八月の深夜、K大学の経済学教授である野々村学(ののむらまなぶ)のもとに電話がかかる。私立大学で同期生だった永尾謙介からだった。  野々村は永尾が癌であると聞かされ、再会の約束をする。  二人は学生時代、親しかったが、永尾が付き合っていた加藤梨江子に野々村が惹かれたことで次第に不仲になる。  野々村は梨江子と関係をもつが、彼女の心が自分にあるとどうしても思えない。梨江子が妊娠し、結婚を決意するが、いつもの待ち合わせ場所の川べりに彼は行ったが、

          【ミステリー小説】深い河

          【エッセイ】蛙鳴雀躁 No.41

           四十年前、彼女が古びたビルの教室に入ってきたとき、掃き溜めに鶴だと思った。  戦後すぐに建てられた三階建で、外観もだが、急な階段は人ひとり通れる狭さだった。  そのビルの一室の借り主は、詩人のK氏で、文章を教えていた。   前年末、はじめて書いた小説を応募した私は、自分が何も知らないことに気づき、習わなくてはならないと思い立った。  月二回午後一時間、通いはじめて三月も経たないうちに私は飽きた。そこでの授業は、参加している全員の作品(原稿用紙二枚のエッセイ)をコピーし、配

          【エッセイ】蛙鳴雀躁 No.41

          【ユーモア小説】 老いてなお

          あらすじ 平成十五年(2003年)秋。大阪南部のとある介護施設に入所中の私は、知的障害のある矢口令子に一目惚れするが、令子は、私の同室者である本田精吉と仲が良い。精吉には、東浦志寿江という愛人同然の相手がいる。私はなんとしても、令子をわがものにしたいと奮闘する。   「軒窓」    蘇 軾(そしょく)   東隣多白楊      お隣りの家には白いやなぎが多い   夜作雨戸急      そのやなぎが、夜なかに夕立のような音を立てる。   窓下獨無眠       すると私は

          【ユーモア小説】 老いてなお

          【エッセイ】蛙鳴雀躁 No.40

           先日、拙宅で、食事会をした。男性三人、女性三人、小四の女の子一人。計七人。うち高齢者は私一人。  彼らとは、大学で文章を教える機会があって知り合った。  いまでは、大昔のことに思える。  気づけば、みな、大人になり、それぞれの道でつつがなく暮らしている。  ひときわ目立つ女子学生だったY子ちゃんは、いまも美しい。四○代にしかみえない。目鼻立ちの整った顔立ちもだが、スリットの入ったワンピースをまとってもよく似合う。  アルコールも強い。  マッチングアプリで恋人を募集したと言

          【エッセイ】蛙鳴雀躁 No.40

          ザッツ・ライフ【続編】

          あらすじ       アサミは医院の受付のバイトをするため、面接を受ける。古びた建物の医院に尻ごみするが、勤めることに。院長は無愛想な爺サン。上品な奥サン。それに二人の同僚。何をやってもヘマをするアサミに院長はクビを言い渡す。怒った父のミノルはアサミを伴い、医院に向かう。            1 面接  2時の約束だった。ベルを鳴らすと、すりガラスの小窓のついた両開きのドアごしに現われた老人は、「なんや」と詰問口調。  頭のてっぺんがツルツルの禿げで、耳上にのこった髪は

          ザッツ・ライフ【続編】

          【エッセィ】蛙鳴雀躁No.39<タカラヅカ>

           9月17日 15:30公演観劇。  三谷幸喜脚本・石田昌也演出「記憶にございません」。  本来、タカラヅカの主役は、なんども衣裳を変える。しかし、今回の芝居は総理大臣の役なので、ほぼスーツ一着。  吉本新喜劇に近い。舞台の背景もテレビで見慣れた景色ばかり。  総裁選挙に合わせたかのような物語の内容になっている。  映画では、中井貴一さんの役を、コッちゃん(礼真琴様)は演じている。  演説中に石を投げられ、記憶を失い、それまでの悪政を改め、庶民のために一念発起し、善政を行

          【エッセィ】蛙鳴雀躁No.39<タカラヅカ>

          【中篇小説】ザッツ・ライフ

           あらすじ  平成五年(1993年)、十一月末日。継母のヨシコが吹き抜けで首を吊っていた。発見者は血のつながらない娘のアサミ。父親のミノルに報せるが、とぼけた返事が返ってくる。通夜に集まった継母の実妹のトモエと従兄のノブヤ以外の親族一同は、涙より笑い声がたえない。トモエは怒り、ヨシコの自死は父娘のせいだと責める。アサミは自殺の原因に心当たりがあった。      1 午前七時半  グゥェッとさけんで、アサミは尻もちをついた。継母のヨシコが細長い白い布を床までをたらし、吹き

          【中篇小説】ザッツ・ライフ

          【エッセィ】蛙鳴雀躁 No.38

           先天的に人様の感情の動きがわからない。相手に不快な思いをさせても、なぜ、そうなるのかが、わかっているようでわかっていない。  これは子供の頃からで、いまにはじまったことではない。もっとも理解しがたかったのは、女性の心もよう。母親のことも、姉二人のことも、親戚の女性たちも、おしなべて解読不能でした。互いに日本語で会話しているにもかかわらず、彼女たちの真意がわかりませんでした。  学校で出会う女子は私にとって、異星人にひとしく、何をどう話せば受け入れられるのか――あいさつの

          【エッセィ】蛙鳴雀躁 No.38

          物語の作り方 No.18(最終回)

          第9回 ストーリー展開について。  小説や自分史を書きすすめていくうちに、異なるエピソードとエピソードを接続詞一つでつなぐことに、違和感を覚えるようになります。感じないとおっしゃる方が多数派だと思いますが、現在、書いているところまでを一度、読み返してみてください。  例えが、古臭いですが、双六にも、お休みがありますよね?  既存の作家は一気呵成に書いているように読めますが、読者の目障りにならないように、エピソードとエピソードの間に、接着剤(つなぎ)となる文章を書いています。

          物語の作り方 No.18(最終回)