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長篇小説

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「コーベ・イン・ブルー」(全7話)神戸港を舞台にしたクォーターの青年の愛と葛藤の物語。船会社の代理店から委託業務を引き受ける主人公が警察から殺人を疑われる過程で、ヤクザと渡し合い…
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2024年3月の記事一覧

【小説】コーベ・イン・ブルー No.1

    1  寒風をまとい人ひとり通れる、急な階段を服部海人(はっとりかいと)は飛びこむように駈け降りる。がたぴしと鳴る木の扉をこじ開ける。一瞥で見渡せる穴ぐらに近い店内。どきついスポットライトにおあつらえむきのダミ声が耳につく。カラオケマイクにかじりついたハゲ頭が目にとまる。  派手派手しい着物姿の英美子が、ハゲ頭のわきにはべっている。リカちゃん人形と相似形の顔立ちに濃い化粧をほどこし、ひとつに結い上げたクセのある栗色の髪に赤い櫛をさしている。  息子としては、「ちん

ボーイ・ミーツ・ボーイ (4/8)

4 見張り番の魂よ。夜はゼロで、昼は燃えると、こっそり白状しよう。    ランボー詩集より                 真夏のグランドに立つと、頭のてっぺんが太陽に炒られて、脳ミソが煮えたぎる。筋トレをやって、全速力で100㍍を数回走ると、水分を補給しないと立っていられない。  空は、紺と青とのグラデーション。  ペットボトル片手に、いつまでも棒立ちでいると、コーチがやってきて嫌味を言う。 「おまえなー、ヤル気がないんやったら、帰れ。下級生に負けとるやないか」  同じグラ

ボーイ・ミーツ・ボーイ (5/8)

5 そして、おまえは待っている。待っているひとつのものを。おまえの命を限りなく増してくれるものを。  リルケ詩集より  喧嘩は負け知らずだった。しかし、ヒーローが勝者になるとはかぎらない。  おれはマサに頼んで、三輪を、深夜の普通科専用の第2グランドに呼び出した。ただっ広い体育館の真後ろの山をランニング用に整備したが、めったに使われない。  警備員も見回りにこない。  決闘にこれほどふさわしい場所はない。携帯用のカンテラを地面に置いて、心静かに待った。  三輪は、かならずや

ボーイ・ミーツ・ボーイ (6/8)

 6 僕らは二人きりだった、僕らは夢見心地で歩いていた         ヴェルレーヌ詩集より    夏が駆け足で過ぎると、おれたちは飢えた狼みたいに女の子を漁りはじめた。切っ掛けがなんだったのか、聞かれても答えられない。なんとなく、そうなったとしか言いようがない。おれ自身は惰性と欲望の2つ声に従ったと思っているけど、他のヤツらはどうだろう。  みな、似たりよったりだと思う。  ジュンと三輪は別。留学する、しないとグズグズ言いながら彼らは2学期になっても、登校していた。2人はい

ボーイ・ミーツ・ボーイ (7/8)

  7 ほかの人間のことは私たちはもはや興味を引かれなかった。         バタイユ  世間サマなんて、目に見えないものを怖れるほどジジィじゃない。女の子より、ジュンが好きというだけなんだと思いこもうとした。  黒の透き通るスカーフは、おれの部屋の机の引き出しにある。燃やすべきかもしれない。  決心がつかない。  悩める男子の心の揺れが、仲間には伝わるのか、おれの席を真ん中にして、ぐるりを取り囲む。 「親には言えないよな。男と寝たいなんてサ」  保田は机に肘をつき、ワ

ボーイ・ミーツ・ボーイ 最終話 (8/8)

8 一本の角は折れ 一本の角は笛のように天心をさして嘯く。  「鬼の子は俺じゃない おまへたちだぞ」          金子光晴詩集より  名なしの店を訪れた翌日、おれは筋トレ用のトレーニングチューブで遊んでいた。フラットバーで足を鍛えていたケサマルがそばにやってきて、スクワットをはじめた。 「なんで逃げへんねん。キモイおっさんやないか」  こういう暴言を吐いても、許してもらえる相手が友だと言える。「……2度目となるとなぁ」 「あの黒服に見張られてんのか」 「金がないから、