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長篇小説

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「コーベ・イン・ブルー」(全7話)神戸港を舞台にしたクォーターの青年の愛と葛藤の物語。船会社の代理店から委託業務を引き受ける主人公が警察から殺人を疑われる過程で、ヤクザと渡し合い…
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記事一覧

【小説】コーベ・イン・ブルー No.1

    1  寒風をまとい人ひとり通れる、急な階段を服部海人(はっとりかいと)は飛びこむように駈け降りる。がたぴしと鳴る木の扉をこじ開ける。一瞥で見渡せる穴ぐらに近い店内。どきついスポットライトにおあつらえむきのダミ声が耳につく。カラオケマイクにかじりついたハゲ頭が目にとまる。  派手派手しい着物姿の英美子が、ハゲ頭のわきにはべっている。リカちゃん人形と相似形の顔立ちに濃い化粧をほどこし、ひとつに結い上げたクセのある栗色の髪に赤い櫛をさしている。  息子としては、「ちん

【小説】コーベ・イン・ブルー No.2

    4  午後五時半、すでに日は暮れている。  階下に二世帯、階上に二世帯。錆びた鉄の階段を見上げる。  笑い声や怒鳴り声にまじって、テレビの音や煮炊きをする音が騒がしい。  交番裏の公衆トイレと似通った悪臭が、路地奥に建つアパート周辺にも漂っている。水洗トイレ用の下水管が、いまだに布設されていない地区だと聞いていた。バキュームカーで汚物は吸い上げても、生活用排水はそのまま、溝に流れこんでいるのだろう。  懐中電灯がなくては、足元や通路の状況がはっきりしない。  汚水

【小説】コーベ・イン・ブルー No.3

    7  港湾専用地区・ライナーバース・PL13。  海にせり出した埠頭の中ほどに建つ、上屋(貨物用倉庫)の二階にあるオフィスからは、ポートピア・ランドの大観覧車が視野に入る。  海人は天井までとどくガラス窓に目を向ける。  眩い。  時間の停まったような陽のきらめきの下に、停滞した海が見晴らせる。 「数日間も、無断欠勤したあげくに、やっと出てきたと思ったら、警察の事情聴取を受けたですって――どういうことなの。シラっとしてないで、キミを担当している、私に、そのムネを断っ

【小説】コーベ・イン・ブルー No.4

    8  柳沼深雪は私服に着替えると、服部海人の供述した店の住所にむかう。もしも、服部海人と出くわしても見破られない自信がある。小柄だし、化粧気はないし、目立つ言動は服部海人のいる前で極力しないようにした。  ロングヘアのかつらを被り、濃い化粧をし、黒のストッキングに高いヒールを履き、毛皮のハーフコート。  この出で立ちになれば、別人になる。  人間とは不思議なもので、外見が変われば、内面も変化する。  しらずしらずのうちに浮ついた気分になる自分自身にたじろぐ。  

【小説】コーベ・イン・ブルー No.5

    9  冬の雨が軒先の路地を濡らす。閑古鳥の鳴くのカウンターの内と外。ノルマをこなせない営業マンの気分。マントバーニのムード・ミュージックが狭い店内に静かに流れる。 「こないだ手相、観てもろてン」 「何ンの寝言や」  英美子と海人は馴れ合い話にふける。 「タマシイが若い! 言うてもろてン」 「脳ミソの聞き間違いやろ」  紺地に波しぶきを散らした着物姿の英美子は、とろけるような顔でグラスを重ねる。 「五十過ぎても、ふたりは狂うてくれる、言わはってン」 「借金とりがか?」

【小説】コーベ・イン・ブルー No.6

  11  六甲おろしの吹き荒ぶ港に、春先の生温い浜風がまじり、潮の香りを夕暮れの岸壁に運ぶ。  季節の移り変わりが、人の心から警戒心をゆるめるのか、冒険好きな女の子らは、知り合った外国人の船に遊びにくる。  二人以上のグループだと安全だ思いこみ、船内を案内してもらい、その国の料理までごちそうしてくれるので、たのしいひとときを過ごせると勘違いする。その場合もあるが、異なる場合もある。  キヤップを目深にかぶった服部海人は税関に立ち寄り、出航手続きが完了したむねを報告し、新

【小説】コーベ・イン・ブルー No.7(最終話)

   13  このビデオは、黄金の葉っぱどころではなく、大木の枝になると、海人は八田組長に言った。 「今頃、ナニ寝呆けたことゆーとんじゃ!」  山野辺は、いきなり海人に殴りかかった。  反撃の体勢をとる前に、手下の石垣が、海人をはがいじめにした。  海人の顔面を、山野辺のこぶしが直撃。  一瞬、目の前が真っ暗になる。 「クソガキが、思い知ったかッ」  山野辺が吐き捨てると、石垣は海人の頭をドアに叩きつけた。  海人はその場にくずおれる。 「これは序の口やと思え。わかったかッ

南ユダ王国の滅亡 (1/9)

あらすじ  1995年1月17日。高校一年生のミカエルは、捨て子だったため、九歳のとき、病院を経営する弓月家の養女になる。幼い頃よりオタク気質であったため、養父母に馴染めなかった。ミカエルには盗癖があり、同じクラスの美少女、秦野アリスのもち古代の石を盗む。怠惰なこともあり、養父母に叱責されたミカエルは家出を試みるが、養父の父親が戦時中にユダヤ人のラビから譲り受けたという螺子のない時計をもらう。  1つの石が人手によらずに切り出されて、黄金の像の鉄と粘土との足を撃ち、これを砕

南ユダ王国の滅亡(2/9)

あらすじ  一月十七日の深夜、大地震に遭い、ミカエルは井戸に落下。気づくと、飼われて間もない赤犬のルーシーとともに紀元前六世紀のエルサレム近郊に。大魔王の娘だと名乗る赤犬のルーシーは、ミカエルだけに通じる言葉を話し、ミカエル本人は大天使長であり、ルーシー自身はガブリエル天使の名代だと言う。夢の中にいると思っていると、盗賊が現われる。バビロニアと同盟国関係にあるメディア人の主従に救われるが、喪服姿の秦野アリスも現われる。アリスが言うには、養父母は地震で死亡し、ミカエルは死体が見

南ユダ王国の滅亡(3/9)

あらすじ  時計の針はわずかずつ動く。ルーシーは神殿にいる少年ダニエルを救わなくてはならない。それが使命だと言って、ミカエルを一刻も早く聖都に向かうように急かす。神に愛されているダニエルには予知能力があり、バビロニア王国の滅びを告げるのだと。ミカエルはまかやしだと言ってとりあわない。 9 神の復讐  なんどハレルヤを叫ばされたことか。ここが夢の世界ではなく、世間で言うところのあの世だとすると、これだけ神さまを賛美したわけだから天国に近づいてもいいはずなのに、凸凹の黒い砂利

南ユダ王国の滅亡(4/9)

あらすじ  ルーシーは至聖所で祈りを捧げるダニエルの姿の幻影を、ミカエルに見せる。死を決意するダニエルを、彼を守護する少年らが引き止める。そのとき、ダニエルは、ルーシーとミカエルの幻を見、生きる覚悟をする。一方、聖都エルサレムの神殿にむかう途中、バビロニア軍の検問所でアリオクという名の男と知り合い、同行することに。道中、ルーシーは、ユダ王国がどうして滅びに至ることになったのかを語る。     11 ダニエル  薄闇の静寂に寄り添うような声が聞こえた。高くも低くもない、その

南ユダ王国の滅亡(5/9)

あらすじ  ミカエルら一行は、聖都陥落の混乱の中、住人の殺された屋敷に逃げ込む。そこには、バビロニア軍を率いるメディア人の参謀総長がいた。ダニエルは、彼に、七つの時ののち、バビロニアは滅び、メディアとペルシアの時代がくると告げる。ルーシーがラファエル天使の代理だという、馬とミカエルは会う。    13 リューアル  ダニエルには警護役の少年らにくわえて、不自由民まで複数ついてきている。もしものとき頼りになるアリオクもいる。従順とはほど遠いわたしまで、ダニエルに従うことは

南ユダ王国の滅亡(6/9)

あらすじ     ハマトで陣を張るネブカドネザル大王のもとへ。魔女と恐れられているアリスと再会。ダニエルは王の信任を得る。ミカエルは神戸に帰ろうとルーシーに言うが、ルーシーは聞き入れない。 15 神界文書  混乱と喧騒ののち、リュックを背負ったわたしとポシェットを肩にかけた秦野とルーシーとドラとはアククゥツにまたがり、ダニエルがいるかもしれないハマトへ移動した。バビロニア軍と捕虜の一行は少なくとも10日近くかかって、ハマトへ到着したはずだ。わたしたちはそれを一瞬で、移動

南ユダ王国の滅亡(7/9)

あらすじ ダニエルとアリスとは、王の面前で対決し、アリスは敗れるが、彼女の連れている黒猫が助ける。ルーシーはアリスが魔女に取り付かれていると言い、悪魔祓いの儀式を行う。ミカエルと同じ捨て子だったアリスは、リストカットのあとが手首にあった。一方、ダニエルにつき従う少年らは、自分の身を顧みずダニエルにつくす。    18 フォールスメモリー  宿屋に戻ると、ルーシーが盛大に尻尾をふって出迎えてくれた。首をのばして待ちわびていたという。疲労の極致にあったわたしは、ろくに返事も