真・邪道勇者 その5(分割版)
神や仏? 無論「競合他社」だ。
色々あるが、「逆らう奴らは地獄行き」という部分は共通であるといえよう••••••私自身も博士からの依頼でよくやった。具体的には取り分を納めなかったり報酬をがめた盗人に対して使うことが非常に多い。
大体が連中を真実信じている人間など存在しない。なぜ連中への信仰が叫ばれるのか? 簡単な話、力があるとされているからに他ならない。神であれば世界、仏であれば宇宙の支配者だったか? どちらにしろ「正しいと勝手に信じる」連中なりの価値観を世界に敷いて、逆らう奴は地獄行き。要は視野が狭いだけで、正しいと信じる子供だろう。
子供相手に本気になっても、仕方あるまい。
それに、連中は執筆に相反する観念だ。貴様ら「才能」だの「環境」だの「育ち」というものに恵まれた奴らが、胸を打つ傑作を書けるとでも?
土台、無理な相談だ。神や仏に愛されるとは、そういうことでもある。
悪魔は神に祈らないと言うが、私の場合祈る暇すら存在しない。とかく暴力の嵐の中に生まれ、害する畜生の相手を強要され、信仰に合わせてやれば「気に食わないから地獄行き」とでも言わんばかりに呪われる。
それで、連中を信じろとか言われてもな。
ちなみに、私自身すら過去なんぞ覚えていない。経歴は詐称するものだ。というか真実を語り続けていれば私のような奴は死しか無い。中身の無い詐欺商材を売り、人を騙す事が前提でなければ生きられない。
そんなものだ。恵まれた連中には分かるまい。
少なくとも、連中には「苦労」というものが足りないのだ。たかが人間社会に追いやられただけで泣き言を吐かす「暇」があったり、ボンボンのくせに少しばかりの社会の裏を眺めただけで、世界を救わねばと喚き出す。
その当人は、持たざる経験すら無いのにな。
私か? 幼少の頃は神童だったが、生憎と殴られ過ぎて悪くなった。脳が変容するまで殴られたおかげで、今ではずっと笑いっぱなしだ。昨日のことすら覚えられなくなったが、逃避して生きるほど暇でもない。
やれやれだ。現実には苦労なぞゴミ以下だな。
遠回りに意義など無い。楽して利益を得られるのが最上であって、タダ読みの読者のように、泥棒だけが人生だ。神だの仏だのがいるとすれば、連中の規則に則り如何なる利益を得られるかが肝だろう。
実際、そういう人間は多いしな。才覚だのに恵まれ神に愛された人間、試練だ何だと優れた加護を受けながら「超えられる能力に超えられる試練」という、気の抜け果てる試練で何かを成し遂げた気になる修行僧。
羨ましい話だ、暇そうで。
事実として言えるのは、仮に連中が「無力な一般人」であれば、誰一人目をくれず耳も傾けないのは確かだろう。別に、連中の言い分を信じている人間などいない。単に大きい力を持つ奴らが、蠅のようにたかられ貪られるだけだ。
そういう意味では私にとって───いや、控えておこう。
連中は器が小さい。すぐに呪い、正しい正しいと喚き出す。悪党との違いは自覚がないという部分だろう。私の場合正しいかなど知らん。それより、神の依代だかを誘拐する手立てを考えねば。
さて、どうしたものか。先に衛兵から奪えとか言ってたが。
しかし、「信頼を勝ち取る」というのは詐欺の常道を行く私には簡単だ。人間など表面しか見ないのだから、適当に望む事だけ与えればいい。
売れる作品と同じだ。望むだけで願いが叶うとか、楽して成功が掴めるだとか。
現実的な話を聞くと読者はムキになって激昂する。現実など誰も見ていないというのは成功者も落伍者も同じだろう。成功も落伍も運次第、だが才能があると「努力のおかげだ」と己の成功を「運が良かっただけ」とは思いたがらず、逆に落伍した人間であれば「願うだけで波動で変わる」と意味不明な逃避に走るものだ。
誰も現実を見ない世界において、現実を見るのは無意味で無駄だ。
実際にやった私が言うんだ、間違いない。
なので、神だか何だかは適当に利用すればいい。真剣に向き合う価値がないのは、読者も神も同じだ••••••私と犬千代はまずアルデントラに向かう道を二人して歩いていたものの、途中で関所が見える前に身を隠した。
当然、我々に戸籍は無いからな。
身分証は偽造だ。ちなみに学校だろうが国籍だろうが、あるところにはあるもので有名進学校の卒業証書は買うものだ。少なくとも私は買った事があるが、そこまで真摯に調べる奴は少ない。なので儲かったとだけ言っておく。
読者とは大違いだ。やはり、犯罪の方が儲かるな。
まともに、真剣に何かと向かい合うなど実際には徒労そのものだ。ああいう神や仏というのを信じる輩は「現実に向き合う経験」が足りない。どこかを楽してこその神仏であり、持たざる者は呼ばれない。
事実、見たことあるか? 病魔に苦しみ売上に困る神仏なんぞ見たこともない。
まして、経歴を詐称しなければ生き抜けない経験など、連中にはあるまい。だから奴らは駄目なのだ。なまじ、持つ側というのは単独でやり遂げる能力がなく、能力を剥げば無能だけだ。
我々は関所の門に近付く。大きさはちょっとした城くらいはあるので、力ずくでの突破は難しい。無論、火を放ち突破したことはあるが今回の目的は「誘拐」だ。
なので、穏便に行かねばなるまい。
面倒だが、周囲は崖だ。門は大陸と大陸を跨ぐように大きな橋の向こうにあった。というのも超大陸と呼ばれるこの(無駄に)大きな世界において、内陸は陸のみとは限らない。内陸に海が存在しても、広さ故に収まるのだ••••••分類的には池とも言えるが、大きさからしてそうは思わない。
何せ、国の一つ分はある。
なので、海だ───その海を跨いで関所があった。大きな橋をひたすら歩いて行くのは非常に疲れた。ここに住む羽目になるなら国外追放されて海に住む方を選ぶ。
門番は大柄だったが、私の説明には疑い深い目を向け何度も執拗な嫌がらせをしたくせに、犬千代が少し困り顔で「うちの身内がすいません」と謝りながら苦労話を(全て嘘だが)しただけで陥落した。
嫌な話だ。やはり、人も神も仏さえ、表面だけが「全て」らしい。
私の邪道作家シリーズも、やはり美少女が書いた事にしよう。読者が中身や本質を見ているとは思えない。表面に犬千代の顔と歌って踊れる作家だと言い張っておくだけで、喜び勇んで買われるのは確かだ。
犬千代は面倒臭そうに、「相変わらず、付き合いが悪いな」とぼやいた。
大きなお世話だ。表面だけ得意な貴様らと一緒にするな!!
全く、中身が大事だのと綺麗事をほざき表面で全てを判断する人間の方が、私からすれば気が知れない。第一、そんなだからいつまでも成長しないのだ。
成長したところで、金にはならなかったがそれでもだ。死ぬ寸前に後悔する奴等に今一瞬を「本気で」生きる観念はわかるまい。手抜きで足りない何かを得ようなどと••••••••••••図々しいにも程がある!!!
やれやれ、神や仏がいるなら阿呆であるのは違いない。現に、現世で成功している人間というのは阿呆ばかりで中身が無い。才能だの流行だの、薄っぺらいからこそすぐ忘れる。
才能や流行を除けば、何が残るんだ?
何も無いぞ••••••どれだけ成功を積み重ねようが、どれだけ栄華を極めたところで「自分自身」だけは誤魔化せない。その点、私は無念だらけだが後悔は無い。無論嬉しくもないが──────やるべきことを、やったのだ。
それが違法行為なのは惜しかったが、まあ法なんて人間の決め事だ。首を切り落とす事が栄達の時代もあれば、道徳倫理の時代もある。大体、表面しか見れない人間という汚濁相手に、真剣に向き合うだけで時間の「無駄」だ。
何せ、実際にやったからな!! その私が言うんだ、間違いない。
関所を越え、ある程度歩くと街が見えた。私は犬千代に呼びかけ、武器の確認と、当面の必要事項について考える。
「そろそろだな。まずは現地視察と行くか」
「ああ」
異論も無かったので、犬千代を後ろに町の入り口へと歩を進めた。
さて、神の機嫌が良ければいいのだが