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成瀬考察

『成瀬は天下を取りにいく』読了

本屋さんで常に平積み、ポスター掲示も目立つこの本、
ついに読んだ。というか、実はAudibleで聴いた。
ひとことで言うと、
大好き。
控えめに言って、
大賞は当然だ。
正直言うと、
むやみに映像化しないでほしいくらい大事にしたいけど、
実際みんなに成瀬を知ってもらいたいという矛盾に悩まされている。

成瀬と島崎

成瀬はとても個性的な中学生女子である。
「変わってるよね」ってわざわざ言われるくらい変わっている。
突飛な発想、発言、そして行動に、素直に心配になる。
閉店間際の西武大津店に、
成瀬は閉店まで毎日通い続けると言い出して物語が始まる。
何を言い出すんだ、がこれで終わらないのが成瀬である。
そして、そういう成瀬を見届けたいと願う島崎の存在がある。
島崎は成瀬の幼なじみ女子だが、
成瀬に振り回されているようでいて、実はそうでもない。

成瀬、というかこの二人の関係、どこかで見たなと思う。
成瀬のキャラクターだけでいえば、
私は麦本三歩の好きなものの三歩をすぐに思い出した。
三歩は大人だし、成瀬みたいな無表情ではないが、
マイペースの権化で周りから浮きがち、みたいな感じがある。

しかし成瀬は「浮きがち」ではない。
いつも必ず確実に「浮いている」のだ。
何かもっと適切なサンプル? がありそうな……
そして私はついに答えに行き着いた。

シャーロック・ホームズだ。

成瀬の、周囲はまるで関係ない態度といい、
成績はいつもトップという設定といい、
成瀬を嫌う人間もいるという条件といい、
間違いない。成瀬はホームズなんである。
そして島崎は、
成瀬の奇行にあきれつつ、
反面それをおもしろがり、
しぶしぶっぽくつきあってるように見えて実は
「成瀬あかり史を見届けたい」とわくわくしている。
島崎はジョン・ワトソンの資格を十分に満たしている。

もちろん、作者がそれを意図して書いたかどうかはわからないし、
「アレに似てますよね」的発言は失礼と思うので、
宮島先生ごめんなさい。
あくまでBBCシャーロックが好きな一個人の感想にすぎないが、
成瀬と島崎を表現するのに一番しっくりくると私が思うのが、
ホームズとワトソン」なんである。

モブ視点がおいしい

この本は6編の物語で構成されている。
そのうち2編は『小説新潮』で発表されていて、
あと4編は描き下ろしとのこと。
島崎視点でずっと語られる本かな、と思いきや、
「誰?」となるキャラが出てきたりするが、
落ち着いてずっと聴いていれば、あるいは見守っていれば、
「あーね」となる。

島崎視点ではない4編のうち、
私が「おいしすぎないか?!」と思ったのが、
モブ視点で語られる3編である。
モブ、というとまたごめんなさいかもしれないが、
成瀬あるいは島崎というメインキャラではない人物を暫定的に表現するとしたら、
「モブ」という便利ワードを出すしかなかった。ごめんなさい。

外側から見る成瀬という人物。
イラつかせる、迷惑だ、見ていられないと思う人もいる。
単純におもしろいと客観視できる人もいる。
がっつり関与したくてたまらない人もいる。

モブの使い方って、本当に難しいと思う。
何かを書くとき、得てして「中の人」「身内」の感覚に陥りやすい。
一番表現したいはずの対象の「見られ方」がわからなくなる。
かといって、
困った場面に都合よく登場して助け舟を出してくれる、
ジャムおじさんばかり出すわけにはいかない。
それはもはや「ジャムおじさんの武勇伝」である。
だからって、
「このキャラ、ぼんやり出てきて語ってたけど、
このエピソード要る?」という事態は論外だ。

ところで、広島風お好み焼きをお好み焼きではないという人がいる。
作るプロセスが関西風(広島ではそっちを関西風と呼んでいる。
悪意はない)と全く異なるから当然である。
円形に薄くのばしたパリパリの薄い生地。
中華そばと豚肉、略して肉玉そばが定番。
キャベツもはもりもり。
かけるのはオタフクソース。
焼いた鉄板から直接ヘラを使って食べる。
広島風にするには、広島風たらしめる構成要素が必要である。

モブも、そうなんだと思う。
描きたいキャラクターを、そのキャラクターにするための、
大事な構成要素でありながら、
その構成要素自体の魅力も濃厚に味わえてこそ、
全体をおいしくいただくことができるんではないかと考える。

この本におけるモブ視点の3編は、
どのモブも愛しい。
成瀬という強キャラがいるのでみんなキャラ薄に思えるが、
どのモブも、結局、自分だと思える。
嫉妬とか羨望とか、心当たりのある感情を含めて、
そのモブキャラの体を借りて、モブキャラの目で成瀬を見ている。
その現象が起きている時点で、
読者は既にとてもおいしい体験ができている。

つまりみんな成瀬を知ってください

Audibleで読了した私だが、
あんまりおもしろかったので、
本屋さんで買ってきて家族にすすめようと思っている。
リズム感の良い展開なので、
きっと読みやすいはず。
そして、いつかこの本を片手に大津を旅することになるかもしれない。

大津、というか膳所、行ったことがあるけどいいところです。
地元のおでんを出してくれるバーがあって、
冬の寒い晩だったこともあって酒が進んだ。
人生初のはしご酒を経験したのも大津。
夜にしか出歩いてないので、西武大津店の記憶が曖昧なのが悔やまれる。

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