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3月の詩

三月の初めての穏やかな一日。
刻々と時が甘くなり……
大気には恵みが満ちている……


自然の中こそ私の書斎」と言い切った、ロマン派の詩人ウィリアム・ワーズワース

彼はイギリスの湖水地方に生まれ育ち、80年間の生涯の多くの時間を、ヨーロッパの風光明媚な土地で過ごしました。

自然を心から愛したワーズワース は、さまざまな自然賛美の詩を書き連ね、春の訪れとその歓びを強く感じさせる『水仙』という名詩もありますが、私は先にあげた一文がとても好きです。



実際の三月は〈冴返る〉や〈余寒〉〈寒戻り〉という季語にもみられる通り、一足飛びに暖かくはなりません。

“春先に暖かくなりかけたかと思うと、また寒さが戻ってくること”を意味するこれらの言葉は、一度暖かさを肌に感じただけに、より冴え冴えとした寒さを感じる季節に寄り添います。

さえかへり山風あるる常盤木に降りもたまらぬ春の沫雪

多くの歌人がこの季語を詠んだなか、藤原為家のこの歌は、とりわけ描かれた情景を美しく目の前に再現させるかのようです。


ネイティブ・アメリカンがそれぞれの月の満月につけた名称でも、三月の月は〈Wind Strong Moon 〉や〈Snow Crust Moon〉と、冬の厳しさを思わせる名で呼ばれます。

この月は、ようやく春の兆しが見えるものの、まだ完全に冬の世界が終わったわけではないことを印象づける言葉に取り巻かれています。



それでも、新たな季節の訪れの予感は心をざわめかせ、時に“ここではないどこか”を求める気持ちを呼び覚ましてしまうのかもしれません。

たとえば、谷川俊太郎のこんな詩のように。



わたしは花を捨てて行く
ものみな芽吹く三月に
私は道を捨てて行く
子等のかけだす三月に

わたしは愛だけを抱いて行く
よろこびとおそれとおまえ
おまえの笑う三月に

まだ凛と澄むような冷たい大気に、時おり穏やかな光の粒が舞う三月。
春の先がけのうつろう季節を、どうぞご堪能なさいますように。

再びワーズワース の言葉を借りて。

汝、この時を生きるべし。

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