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ISが失った領地で大火災、少数派ヤジーディ迫害の証拠焼失の危機

ISは今年3月、シリア北東部の町バグズでの戦いに敗れ、すべての実効支配地を失った。かつてISが占領していたイラク北西部からシリア北部にかけての土地は主として草原や耕作地。その一帯の各地で大規模な火災(野火)が発生し、大きな被害が出ている。

中東のニュースサイト「アルモニター」によると、シリア北部で自治を行うクルド人組織は、火災がシリアのアサド政権やトルコ政府、ISがけしかけた放火が原因であるとの見方を示した。クルディスタンを混乱させ、アラブ人とクルド人の間の対立を引き起こそうする狙いがあるというのだ。

記事によると、小麦、大麦、レンズ豆などの作物に大きな被害が出ている。イラク側のニナワ県では、少なくとも7人が死亡した。

「ラジオ・カナダ」によると、ISは放火は自分たちが行ったと「犯行声明」を出したうえで、支持者にさらなる放火を行うよう呼び掛けたという。ISは支配地を完全に失ったが、今も旧領土に潜伏している「スリーパーセル」(潜伏工作員)や支持者がいるとみられており、領土を失った彼らが破壊活動に出ている、というのは充分にありうることだ。

このイラクとシリアにまたがる大規模火災は、さらに別の深刻で取り返しのつかない損害も引き起こしつつある。ISにより殺害された宗教的少数派ヤジーディたちの遺体が埋められた「集団埋葬地」の焼失だ。

6月12日付のロイター通信記事によると、2018年のノーベル平和賞受賞者で、自身もISの性奴隷にされたナディア・ムラードさんがは、ISに殺害されたヤジーディの遺体が残る「集団埋葬地のいくつか」が延焼したと語った。

ヤジーディを「多神教徒で偶像崇拝者」と異端視するISは、イラク北部の大都市モスルを占領して間もない2014年8月、シンジャール地方に侵攻した。そこで、ヤジーディの女性約6500人を拉致して性奴隷にし、改宗を拒んだ男性約5000人を殺害したとされる。シンジャール周辺には、殺害された人々が埋葬された場所がシンジャール周辺に79か所あるといわれている。

「私の故郷である、(イラク北西部シンジャール近郊の)コチョ村でも火災があった。いくつかの集団埋葬地が焼かれた。正確にいくつかは分からないけれど」。ナディアさんは言う。

「無実の人々が殺害され、我々はその犯罪を裁こうとしてきたが、達成されていない。これで集団埋葬地が焼かれたら、(犯罪の)証拠がなくなってしまうおそれがある」

ナディアさんがこう懸念するのは、集団埋葬地とそこに残る殺されたヤジーディたち遺骨が、ISの犯罪を法廷で裁くために、とても重要な証拠であるからだ。

ヤジーディに対するISの犯罪を、国際刑事裁判所(ICC)や、新たに設置する国際特別法廷で裁くべきだ、という意見は、被害者であるヤジーディだけでなく、国際社会でも、「正論」として支持されてはいる。ただ、実現に向けた動きはなかなか進んでいない。

今年3月15日、イラク政府やクルド地域政府の協力も得て、国連の調査チームが集団埋葬地での遺骨収容作業を開始し、5月27日には、79か所中12か所での調査を終了した。AP通信によると、イラク当局は6月10日、すでに収容した遺体141体のDNA鑑定を近く開始することを明らかにした。

こうした証拠集めは、「ISがヤジーディに対して行った犯罪を立証し、法に基づいて裁く」ために不可欠な行為だ。だが残念なことに、イラク政府は、ISによる犯罪行為の細部を積み重ねて、それを公に明らかにすることには必ずしも積極的とはいえない状況だ。

AP通信によると、イラクは2019年4月までにIS関係者約1万9000人を拘束し、うち約3000人にイラク国内の裁判所で死刑判決を下している。これは、イラクの国内法である「テロリズム法」を適用し、「ISのメンバーだった」といった罪に問うケースが多いとみられる。個別の具体的な犯罪行為を裁くためには、確固たる証拠が必要だが、イラク当局の意思、執行能力ともに、それを実現するに十分ではない、ということだろう。

こうした状況について、超法規処刑に関する国連特別報告者のアニエス・カラマール氏は懸念を表明している。

「裁判ではISの犯罪の重要な司法上の記録を作成し、ISの行為を白日のもとにさらすことが必要だ」としたうえで、「ISの責任を明確に問うため、イラク政府は少なくとも、殺人、拉致などの罪でも訴追すべきだ」とカラマール氏は主張する。

ISの犯罪をきちんと解明する裁判の実現に支障が出ないためにも、火災による集団埋葬地の損害が最小限にとどまることを願いたい。

*ヤジーディの支援を行っている国際NGO「ヤズダ」が6月20日に発表したシンジャール周辺の火災発生状況を示す地図。火災はその後も続いているようだ。



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