和菓子、この味《梅源の石ごろも》
東京・浅草の中心部から少し離れた、かっぱ橋道具街裏手の静かな路地にたたずむ「梅源」。百十余年の歴史をもつ同店の品ぞろえは、少数精鋭。白ザラ糖による蜜とアズキを合わせて小さく固めた「小倉金花」や「豆板」、サツマイモを蜜漬けにしてつくる「芋甘納糖」や「あぶり芋」、「あずき甘納豆」に「きんつば」。どれもていねいな仕事が表れた見た目と味わいで、それぞれファンをもつ。そしてもう1品、店頭にはない名物が、漉しあんを小さく丸めて乾かし、白ザラ糖による”すり蜜”で糖衣がけした「石ごろも」(5個入り・500円、10個入り・1000円)。製造に日数がかかり、最短でも1週間前の予約が必要だが、評判を聞いて注文するお客が絶えない。
驚かされるのは、はかなさを感じるほど軽やかな、すり蜜の口あたり。繊細に割れた途端にふわっと溶け、ほんのり塩けがきいた、やはり口の中でほろりとほどける漉しあんとともに、すっと溶けちる。すり蜜の独特な食感は、「よーく練っているからだと思います」と3代目の鵜飼慶之(うがいよしゆき)さん。巧みに砂糖を扱い、余計なものを加えない、素材ありきの菓子を、徹底した手仕事で継承してきた同店。現代では少なくなった種類といえる自店の菓子を、鵜飼さんは”江戸昔菓子””希少菓子”と謳う。
”お菓子屋さんの街”
同店は1907(明治40)年、鵜飼さんの祖父である鵜飼源兵衛さんが、東京・神田で「金花糖(小倉金花はそのうちの1種)」や「豆板」の製造業者として創業した。27(昭和2)年、神田の菓子製造業者の多くが現在の西浅草に移った際に、同店も現在地に移転。今は数軒が残るのみだが、この地域は昔、小さな菓子工場が150軒以上ある”お菓子屋さんの街”だったそう。その影響で、かっぱ橋道具街に製菓道具などの店が増えたともいわれているそうだ。63年生まれの鵜飼さんは、「工場の多くは”飴屋さん”で、僕が子どものころは、飴をつくる機械の音が鳴り響く、甘い香りがする街でした」とふり返る。
同店は金花糖や豆板をかつては劇場などに卸し、観劇のおともやおみやげとして人気を博したそう。また、鵜飼さんの父である2代目の廣次郎さんは、芋甘納糖や石ごろも、きんつばを、83年に入店した鵜飼さんも、あぶり芋やしっとりとしたあずき甘納豆を開発。大手和菓子店などへも卸して高い評価を得たが、その後、時代の流れを見据えて小売りに転換。工場を改装して93年に店舗を設け、現在に至る。
同店では、石ごろものみに用いる漉しあんも、北海道産アズキを使って一からつくる。アズキは、廣次郎さんが特注した網のふた付きの煮カゴに入れてから、釜に入れて煮る。「煮カゴを使うとアズキが湯の中で踊らないので、粒が割れにくいんです」と鵜飼さん。煮え上がりは、極細の針金で確認する。「極細なので、アズキがまだ固いとクニャッと曲がってささらない。すっとささるやわらかさが、うちのちょうどいい塩梅です」。皮と呉(中身)を分けるのも、呉の水けを絞るのも手作業。あん練り機も用いない。水と白ザラ糖を小ぶりの銅鍋に合わせて溶かしたら、呉を加えて木ベラで練り、少量の塩で味を引き締める。「小ぶりの鍋で練ることで、あんこのすみずみまで火が入る。手で練るからこその味があると信じてやっています。うちのお菓子は『ほかと違う』とご愛顧くださるお客さまが多いのですが、それは手仕事によるのかなと」と鵜飼さん。その後、漉しあんは小さく丸め、扇風機を回しっぱなしにして約1週間乾かす。ほろりと口の中でほどける食感は、この乾かし加減が肝。「水分が減ると重量がずいぶん変わる。手で持ってころ合いを判断します」。
一方、すり蜜は、まず銅鍋で白ザラ糖と水を煮詰めた蜜をつくる。煮詰め加減は、蜜を親指と中指でつまんで開いた時の、蜜ののびで見極める。「糖度計などを使ったことはないですね。うちは昔からこうやっています。お菓子によって蜜の塩梅が違うんですよ」と鵜飼さん。石ごろもの場合は、指を開いた時にプツプツ切れずにビューッとのびる、濃いめの蜜にする。その蜜を、水を張ったボウルの上に重ねたボウルに入れて温度を徐々に下げた後、水を張ったボウルをはずし、練る。「すりこぎ棒をグルグル回して練っていくと、次第に感触が重くなり、最後は固くて回せなくなります。これが終了の合図」と鵜飼さん。練りが足りないと、ふわっと溶ける食感にはならないという。また、蜜を煮詰めすぎると、充分練る前に固くなり、逆に蜜がゆるいと、たくさん練っても固くならず、やはりよい糖衣にはならない。つまり、ちょうどよい濃度の蜜をつくることが肝心なのだそうだ。
完成したすり蜜は、湯煎で溶かして使う。乾かしたあん玉を1個ずつ、すり蜜に浸してまとわせ、竹製のトングでつまんで金板にのせて乾かす。「金板に置いてトングを離す際に、トングに接していたすり蜜がピュッとのびて角つのができるんですよ」と鵜飼さん。1個ずつ表情が異なる角は、手仕事の証(あかし)でもある。
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※本記事の掲載内容は取材当時のものです。
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