和菓子、この味《板倉屋の人形焼》
粋な江戸情緒が残る、東京・人形町。観光客も多いこの街の代表的なおみやげといえば、人形焼だろう。「板倉屋」は人形町で百十余年営む、人形焼の老舗。人形焼は行楽地などで機械による量産品も多く見かけるが、同店は手焼きひと筋。1個(120円)を食べ歩きするお客から、周辺の会社員の贈答利用まで、老若男女が訪れ、ここの人形焼でなければと長年通うお客も多い。
同店の人形焼は七福神をモチーフとし、彫りがとても細かい。焼きたてをほおばると、外側はカリッ、内側はふわっとした生地の中に、みずみずしい漉しあんがたっぷり。同店4代目の藤井嘉人さんは、「代々大切に受け継いできた手焼きの型による、リアルな形がうちの特徴。餃子の”羽根”のような縁の感じなど、1つずつ微妙に異なる風合いも、手焼きならではだと思います。あんこはもちろん、手間をかけた生地もよく味わっていただけるよう、あんこと生地の比率は約6対4にしています」と語る。
同店は1907(明治40)年、嘉人さんの曾祖父である藤井貞三さんが乾物店として創業。乾物に限らず、多様な食品を扱っていたそうだ。人形焼の誕生は、貞三さんが人形町の名物をつくりたいと考えたのがきっかけらしい。人形町は、江戸時代には歌舞伎小屋とともに人形芝居の小屋も多く建ち、人形師が多く住んでいた土地柄。また、水天宮をはじめ、七福神を祀る神社が点在し、参拝客のおみやげになる菓子をという狙いもあった。貞三さんは、菓子職人の吉本民生さんと商品開発に励み、吉本さんが携わったことがある、大阪の釣鐘形の焼きまんじゅうをヒントに、卵や小麦粉による〝カステラ生地〞で漉しあんを包んだ、七福神の形の焼きまんじゅうを開発。のちに「人形焼」と名づけ、大人気となった。なお、当初の形は全身で、その後、それぞれがよりわかりやすく、あんも多く入る、顔の形に改良されたのだそう。「時間経過とともに、たっぷりのあんこの水分が生地になじむことで、固くなりにくく、焼きたてとはまた違うおいしさも楽しめます」と嘉人さん。65年に創業地近くの現在地に人形焼専門店を開店し、今に至る。
嘉人さんは12年前、25歳の時に入店。取材に対応しながらでも人形焼を焼くペースは乱れず、「体で覚えているので」とやさしい口調で語る。父である3代目の義己さんは、「数多く焼くなかで、自分で考え、工夫して覚えていくのが職人」とほがらかに言い添える。「単純作業の力仕事ですよ」と嘉人さんが控えめに語る人形焼の製法には、職人の五感が駆使されている。
同店のカステラ生地は、卵黄と卵白を分けて用いる〝別立て〞だ。卵は、老舗の卵卸問屋が青森県の農場から直送で仕入れる、LL玉を使用。卵黄と卵白に分け、卵白は冷蔵。卵黄は加糖練乳、ハチミツ、ミリン、浄水を加え混ぜた後、上白糖をふるい入れたボウルに漉しながら加えて混ぜ、1晩ねかせてなじませる。
卵白は翌朝、きめの細かい、角が立つか立たないかくらいの状態まで泡立てる。毎朝、120〜150個分を、数回に分けて計約50分かけて泡立て器で泡立てるというから驚きだ。「1日のエネルギーを使い切るのではというほど大変なので(笑)、機械を特注したこともありますが、仕上がりが全然違う。機械だとどうしてもきめが粗い」と義己さん。嘉人さんも「機械で卵白を泡立てると、焼いた時に表面にブツブツした気泡ができやすかったり、ふんわりいかなかったりします。卵黄液を1晩ねかせない場合も同様です」と語る。
泡立て終えたら卵黄液に加え、泡がつぶれないようにヘラでそっと混ぜ、薄力粉(日清製粉「旭」)をふるい入れて手で混ぜる。「ヘラだと完全には混ざらないので。でも、混ぜすぎても固くなる。いかに少ない手数でよく混ぜるか。おすしのシャリを握るのと似た感覚です」と嘉人さん。
漉しあんは、上白糖と浄水を加熱後、的場製餡所(東京・浅草)の北海道・十勝産アズキの生あんを加えて炊く。季節などに応じて水の量や火加減を塩梅し、最適な固さに練り上げている。
そして焼く時のポイントは、〝バランス〞。「型に塗るサラダ油1つとっても、足りないと生地がくっついてあんこがとび出る原因になり、塗りすぎても生地に火が通りにくく、白っぽくなる。すべての工程がバランスよくできて初めて、よい人形焼になります」と嘉人さんは語る。
今後について、「手焼きを貫きたい。材料を吟味したおいしいものを、掃除が行き届いた店舗で、きちんとした接客で提供し続けたい」と嘉人さん。築約60年の建物だが、同店に流れる空気はすがすがしく、そして温かい。商店街の仲間が気軽に立ち寄る光景に、街の結束力の強さも見てとれる。嘉人さんも義己さんも、思いは一緒だ。「人形町があってこその人形焼。今後は、当店を愛してくださる方なら、家族でない方が店を継ぐ場合があってもいい。人形焼は1つの文化。この街で守り続けることが大切だと思っています」。
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※本記事の掲載内容は取材当時のものです。
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