和菓子、この味《御菓子司 三陽の麩まんじゅう》
東京・武蔵小金井で50年余営む「御菓子司 三陽」は、まさに”町に根づいた、昔ながらの和菓子屋さん”だ。住宅の多い通りに建つ、昭和の風情を醸す小さな店舗。売り場には、明るくやさしい女将の姿。つくりたての菓子が並び、日々のおやつを求めて老若男女が訪れる。
とくに目をひくのが、大ぶりの笹の葉で美しく包まれた、看板商品の「麩まんじゅう」。粒あんと漉しあんがあり(各200円)、生地は前者がヨモギ、後者が青海苔入りだ。購入してまず気づくのは、笹の葉の上に水を含ませたキッチンペーパーがのせてあること。「笹の葉が乾くと麩まんじゅうがはがれにくくなると思って、こうしています」と女将の下村幸枝さん。お客と菓子への愛情を感じとれるこの配慮も奏功し、笹の葉も麩まんじゅうもつややか。麩まんじゅうは直径5㎝前後と大きめで、ひんやりつるんとした口あたりともっちりした弾力、品のよい風味のあんと融合したのど越しのよさがたまらない。遠方から訪れるお客も多いというのも納得だ。
同店は1971年に下村敬次さんが創業。「三陽」は東京・目黒を発祥とする和菓子店で、敬次さんはいとこが営む同・世田谷の「三陽」(現在閉店)で修業し、27歳の時に現在地で独立した。幸枝さんは、知人の紹介で敬次さんと出会い、1ヵ月で結婚を決めて、開業に合わせて23歳の時に愛知県から上京したのだそう。結婚の決め手は、敬次さんの手。「豆だらけで、すごく働いている人の手だったから、これは安心だって思って(笑)」と幸枝さん。それ以来、「地域の方々に支えていただき、ずっと忙しくさせていただいています」。99年には、製菓専門学校を卒業後、都内の和菓子店で6年修業した長男の亮さんが入店。現在は亮さんを主軸としつつ、敬次さんも現役で製造している。
麩まんじゅうは90年ごろから製造。「特別なことはしていないんです」と亮さんは語るが、その製法には独自の工夫が満載だ。 麩まんじゅうの一番の難しさは、ゆでる工程での”こわれやすさ”だという。「きちんと包あんできていないと、ゆでる間に生地が”パンク”して、中にお湯が入ったりしてしまう。どうしたら失敗しないかを考え、試行錯誤してたどり着いたのが、今のやり方です」と亮さんは語る。
最大のポイントは、包あんの仕方
生地は、小麦粉のグルテンに、モチ粉や水を混ぜてつくる。まず重要なのは、これらの材料を合わせて手で練ったら、1晩冷蔵庫でねかせ、翌朝に餅搗き機でじっくり搗くことだという。「練ってすぐの生地では、とてもじゃないけど包あんは無理。1晩おいた生地でも、包あんに向く、コシがほどよく抜けたなめらかな状態にするには、ふつうのお餅であれば10分弱搗けばよいところ、麩まんじゅうの生地は約40分かかります」と亮さん。
途中で生地を分けて青海苔、ヨモギをそれぞれ加え、よい塩梅に搗いたら、分割してすぐ包あんする。「時間が経つほど生地が締まって包みにくくなるので、すばやく行います」。そして最大のポイントは、包あんの仕方。「生地を円く平らにしてあんこを包みますが、麩まんじゅうの場合、一般的なおまんじゅうと同様に生地をとじ目に向かってひだ状に寄せてとじても、じつはとじきれていず、ゆでるとそこからお湯が入る可能性があるんです。そこでいろいろ試し、とじた部分の生地をさらに上にひも状に引っ張ってから切り、そこを指でつまむことに。こうすると、より完全にとじられます」。
ゆで方も大事だ。麩まんじゅうは、ある程度火が入るまでは鍋底に沈んだ状態で、鍋底にくっついてしまうと、はがそうとした時に生地が破れやすい。研究の結果、包あんした生地を布巾、ザルで保護して湯に沈め、生地が浮いてきたら布巾、ザルをはずす方法にいき着いたそうだ。
中のあんは、”香りがよい、やさしい味”をイメージ。アズキは北海道産で、漉しあんは「かほり豆」(丸勝)、粒あんは大粒の「豊祝」(大和雑穀)。砂糖は白ザラ糖を用いる。「あんこにも、どのお菓子にも言えることですが、父から習った製法や経験をもとに、理想に近づけるために次回はどうやるかと日々考えてつくっています。考えては実践することが楽しい」と亮さんは語る。
ゆで上がった麩まんじゅうは冷水で冷まし、幸枝さんとアルバイトスタッフが笹の葉で1個1個包み、すぐに店頭に。「うちのような”個人商店”の強みは、できたてを提供できること。ふつうのことのようですが、個人商店が減っている今の時代、それができるお店は限られつつあるとも感じていて」と亮さん。お客や店の前を通る子どもたちなどと幸枝さんが会話する、なごやかな光景も印象的な同店。「個人商店ってそういうよさもありますよね」と亮さんはうなずき、こう語る。「父も母も本当にずっと仕事に一生懸命で。その姿を見ると、自分も頑張らなくてはと思うんです。今後も奇をてらわず、素朴なできたてのものでお客さまに喜んでいただくことが一番かなと思っています」。
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※本記事の掲載内容は取材当時のものです。