『笑わぬでもなし』山本夏彦 著
カフェ店主おすすめの一冊と、個人的に気に入っているツボをご紹介します。
今回は山本夏彦のエッセイ集『笑わぬでもなし』の中から、「犬と私と」です。
たしか30年ほど前に、『ダメの人』(同じく著者のエッセイ集)とともに立て続けに読んだと思うのですが、その中で、この「犬と私と」だけは、ハッキリと今も記憶している大好きなお話。
ある夜、生まれたばかりの捨て犬が、著者の自宅の門前に辿り着きます。
哀れなひもじい子犬の鳴き声を放っておけない妻が、その子犬を自宅に引き入れ牛乳を与えます。
満腹でまん丸になってスヤスヤと眠る子犬を見つめる夫妻。
けれども犬を飼うとなると、もう一人子供が増えるようなその煩わしさに耐えられず、どうしてもこの犬は飼うわけにはいかないと妻は言う。
そこで著者夫婦は、子犬を飼ってくれそうな近所の家を思案します。
そして、ひと月ほど前に飼い犬を亡くして庭の犬小屋が空いている大工の家を思いつき、そこへ捨てることにするのです。
妻は今度は捨てる側となって、大工の家の犬小屋へ首尾よくこっそり子犬を置き、夫である著者は、翌朝その子犬がちゃんと大工の家の屋内に保護されていることを確認し喜びます。
以来、著者は毎週の散髪の度におやつを用意して犬のもとを訪れるようになります。
さらには成長した犬に目の病気を発見した著者夫婦は、勝手に犬に目薬を差してやったり、それによって改善がみられると、今度は犬と自分たちとの関係をまったく預かり知らぬ大工の家にその目薬を渡しに行き、「犬に差してやってくれ」と頼んだり、なんとも微笑ましい行動に出るのです。
このエッセイのツボは、途中からおやつを持って犬に会いに行くことが億劫になってしまった著者が、長い年月を経て久しぶりに犬のもとを訪れた時の再会の瞬間です。
はたして犬は著者を覚えていたのでしょうか。
犬はどんな反応をして、その行動から著者はどんな考えを巡らせたのでしょうか。
それにしても、今更ですが山本夏彦はなんと素晴らしいエッセイストなのでしょう。
30年ぶりに読み直しても、あまりにうまくて涙が出そうです。
すべての生き物を平等に扱う著者の感性は、百十年も前に生まれた人とは思えません。
しかもその文章は簡潔明瞭でまったく無駄がないのに、ユーモアがあります。
『ダメの人』の解説にて久世光彦に「一度死んだ人」と称されていますが、最近調べてみたところ、実際若い頃に自殺未遂を何度もしているようで大変驚きました。
そしてまた、この久世光彦の解説も素晴らしいのです。
ちょっと偏屈で、ちょっと古風で、それでいて新しい感性を持つ著者の、粋で辛口なエッセイ集。
この春、一度死んで達観したかのような山本夏彦的視点に触れてみるのはいかがでしょうか。