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全部、大吉。
子どもの頃、よく近所のお寺さんに遊びに行った。大きな赤い鳥居があって、2匹の狐が出迎えてくれる。
お墓もたくさんあって、人が死ぬなんて全然意味がわかっていない頃だから、いろいろな形や大きさのお墓を見るのが楽しかった。兄と一緒に走り回ったり、バチが当たりそうな悪いことも、思いついたらなんでもやっていたと思う。
特に秋が好きだった。
どんぐりや松ぼっくりを拾って集めたり、「くせーっ、くせーっ」って叫びながら、落ちてる銀杏を投げたりした。銀杏が美味しいなんて知ったのは大人になってからで、その頃は食べる物だとすら思ってなかった。
広いお寺さんだったから、補助なしの自転車に乗る練習もそこでした。ほとんど家にいなかった(後に失踪した)父との数少ない思い出だ。自転車に乗れるようになってからは、あっちこっち1人で走り回った。
そのお寺さんの名物は、おみくじだ。
4歳の時、家族で初詣に行った時に初めておみくじを引いて、でも字は全然読めないから「これなぁに」って母に聞いて、「シュウちゃん、大吉だよ。おみくじで一番当たりのだよ」と教えてもらった。意味はわからないけど一番は嬉しかったから、「やったーっ」て僕が言うと、みんなは「良かったねぇ」と言って頭を撫でてくれた。
でも、僕以外はみんな知ってたんだ。そのお寺さんのおみくじは、大吉しか入ってないんだって。いつ、誰が引いたって大吉しか出ない。それが話題になって、好きな相手に告白する時、会社を立ち上げる時、イベントを成功させたい時なんかに、そのおみくじを引きに来る。僕がそのことを知ったのは、6歳の年長さんの時だったと思う。
思春期の頃には「最初から大吉しか入ってないんじゃ、ご利益もクソもねーじゃん」って親に悪態をついたりしたけれど、大人になった今は、みんながそのおみくじを引く意味がわかる。安心したいのだ。実際どうなるかなんて、行動した後にしかわからない。でも、行動しないと何も始まらない。だから、安心して行動をするために、結果がわかっているそのおみくじ引きに行くのだ。結果のわからない普通のおみくじや、何を言われるかわからない占い師に占ってもらうより、大吉しか出ないおみくじには、絶対的な安心感がある。
なんでそのおみくじには大吉しか入っていないのか、そこにはちゃんと理由があった。亡くなったばあちゃんが、僕が東京の大学に行くので上京する時に、そのおみくじの秘密を教えてくれた。
「あそこの住職さん気が弱わぁてな、ある時に『ここのおみくじの言うとおりにプロポーズしたのに、失敗したじゃないか』って怒られたんじゃて。そんで、おみくじのことでそんなに怒られたらたまらん言うて、全部大吉しか出ないおみくじを作ってもらったんよ」
なるほどなぁと僕は思った。確かにそんなことで怒られたらたまらない。
「ここに来る人たちはな、みんな勝手にあーだこーだと理由をつけてるようじゃけど、本当は住職が面倒臭くなっただけなんよ」そう言ってばあちゃんは笑ってた。僕もおかしくて、一緒に笑った。
そのおみくじは全部『大吉』ではあるけれど、書いてある内容は実は普通おみくじと同じで、良いことばかりが書いてあるわけでもない。結婚は良いけれど旅行はダメ、みたいな、新婚旅行に行くのに困るようなことも普通に書いてあるのだ。
そして、決め台詞のように「このおみくじをどう活かすかは、あなた次第ですよ」というようなことが書いてあって、それは真理だけど、おみくじに書いちゃダメなんじゃないかと僕は今でも思う。
今年の初詣に、僕は恋人を連れてそのお寺さんに行った。家族に会わせたいという理由だけ伝えて、そのお寺さんの秘密は説明していない。
お賽銭を入れて、願い事をして、それから一緒におみくじを引いた。
「あ、やったぁ、あたし大吉だよ」そう喜ぶ彼女に対して「おぉ、俺もだ。すごいね。2人とも良い年になりそうだ」と、知らないふりをして僕は言った。そして予め用意しておいた指輪を出して「ミキちゃん、絶対に幸せにするから、俺と結婚して下さい」と言った。彼女は笑顔で「うん」と言って、泣きながら「よろしくね」と言った。
家に戻って母と兄に結婚することを伝え、翌日には彼女の両親にも挨拶をしに行った。
そして現在、入籍した僕たちは来年の結婚式に向けて、妻が中心になって準備を進めているところだ。
そのお寺さんのおみくじの秘密を、妻に教えることはしばらく出来ないだろう。
完
このお話はフィクションですよー。