空飛ぶバナナ
私の名は谷中正蔵。
東大卒業後、U銀行に入行した。50歳まで支店長を勤め、グループ会社に転籍。財務部長、専務取締役を歴任し、4年前、60歳で定年退職した。
唯一の趣味は、定年前に始めたマラソンだ。
今日も晴天の予報を聞いて、朝から皇居周辺を走りに来た。最近は皇居周辺を走る人も増え、それ自体は良いだが、マナーを守らない不届き者も増え始めた。
歩道のゴミを拾い上げながら「最近の若い奴らは」と呟いた矢先だった。
苛立ちに気を取られたまま走り始めた刹那、落ちていたバナナの皮を思いっきり踏み、豪快に転倒した。そして、蹴つまずいたのと逆の足でバナナの皮を蹴り上げ、皮がぽーんっと、空中を舞った。
「お母さーん、バナナがお空を飛んでるよー」
歩道を歩いていた幼児が大声でそう言った。
「バカねぇ。バナナはお空は飛べません」
立ち上がろうとしている私に気付いた母親が、気不味そうに幼児に諭した。
私はそそくさと起き上がり、足早にその場を後にした。