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やっぱりええ街、ルアンパバーン
相変わらず騒音に悩まされる最悪な朝を迎えたが、今日ばかりは気持ちが違う。なぜならそれは、思い切って違う宿に泊まると決心したからだ。
再びこの最低最悪の宿に戻らなくてはならないという心配はないから、寝不足で迎えた朝もなんだかスッキリとしている。
本当はまだこの宿に3泊はできる、というか3泊分のお金を既に払ってしまっているのだが、これ以上このホテルに居座ればルアンパバーンを——あるいはラオス自体を嫌いになってしまいかねない。このホテルで唯一誇れるフルーツ食べ放題の朝食を取った後ですぐに身支度を整えた。
スーツケースをガラガラと引いて部屋を出た。1階への階段を降るとフロントのお兄さんが目を丸くして僕を見ている。
「今日はここに泊まらないの?」
「泊まらない!まじで眠れん!」
彼は「オーウ」と言って黙っている。
「ちなみに、道に面していない静かな部屋は空いてたりしないの?」
僕は彼にダメ元で聞いてみた。
「うーん、今日も部屋は埋まってるねえ」
そんな回答をされるなんてことは端から知っていたことだ。
「おっけーノープロブレム!グッバイ!」
もうこのホテルに戻ってくることはないだろう。あとでめちゃくちゃにレビュー書いてやるぜ!!
僕は朝のラオスの冷たい風を浴びながら颯爽とホテルを後にした。ホテルの目の前に停まっていたトゥクトゥクドライバーに声をかける。
「グッドモーニング!このホテルに行きたいんだけど」
昨夜に予約したアゴダを立ち上げ、ホテルの写真をスマホで見せる。
「あー知ってるよ」
トゥクトゥクドライバーのおっちゃんがそう言うと、80でいいよと言ってくる。80というのは「80,000キープ」。日本円でいうと550円くらいである。
「えー高っ!!」
距離にして約2キロ。日本では安いのだろうが、ここは「東南アジア最後の秘境」である。
「安いさ!たったの3ドルだよ?」
そう言われると安く感じるのだろうが、円安の今、ドル換算は我々日本人には無効である。
「ヘイ!頼むよブラザー、僕学生だからお金ないの!!」
急激なブラザー呼びと学割作戦を使うと、彼は「わかった、50でいいよ」と折れてくれた。
たかが200円の値引きであるが、ラオスで200円というのはローカルレストランで一食できる金額である。
「ありがとう!ブラザーー!」
僕は彼に礼を告げた。
ブラザーにしては歳が離れすぎている感じはある。父と同じくらいの年齢であると思うが、まあ細かいことを気にしてはいけない。それが東南アジアではないか。
彼は「はいよ」と言って僕のスーツケースをトゥクトゥクの車内に入れてくれた。
エンジンが大きな音をたててかかる。発車すると涼しいを通り越して寒い風が袖の中を通った。トゥクトゥクはナムカーン川に沿った道を進み、途中左折してルアンパバーンの街を駆け抜けていく。
「着いたよ」
ぼーっと流れる景色を楽しむ暇もなく、トゥクトゥクはホテルに到着したらしい。
午前10時。まだチェックインにしては早すぎるが、僕はトゥクトゥクを降り、ホテルの手動の門を開けた。扉という概念のない半屋内になったレセプションに座っているおじさんに声をかける。
「ハロー、チェックインプリーズ」
黒縁の眼鏡をかけたおじさんは、愛想良く対応してくれた。
このホテル、すごく落ち着く。レセプションに足を踏み入れたときに思ったのだが、それは単純に大きな道路に面していないからとても静かなのである。隣がお寺なのでなおさら静かだ。
どれくらい静かかといえば、おじさんがパソコンをカタカタ鳴らす音と、鳥の囀りしか音という音がないのである。「音のソノリティー」の制作者としては物足りない空間なのかもしれないが、僕としてはラオスにこれを求めていたのだ。
「一泊だけだね?」
おじさんが口を開く。
「そうです」
本当ならルアンパバーンにあと3泊しなくてはならないのだが、万が一このホテルも騒音が酷かったときのために連泊は避けたのである。
「連泊もできるの?」
僕はおじさんに聞いた。
「もちろん!」
相変わらず彼は愛想良く答えた。
とりあえずあの最悪なホテルから解放されたということである。
「チェックインは11時からだから、あと1時間待ってて」
彼がそう言ったので、僕は彼に荷物を預けて隣のお寺に立ち寄ることにした。
そこはワット・シェントーンという世界遺産で、この街で一番有名なお寺である。世界遺産まで徒歩3分だから、アクセスは良すぎるだろう。
お寺の中には多くの外国人観光客で賑わっていた。聞こえる言語が殆ど中国語か韓国語なので萎えはしたが、美しいお寺であることに変わりない。
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寺院の見学には40分くらいを費やした。先ほど朝食を取ったばかりであるが、チェックインまでまだ20分あるから、早めの昼食をとることにした。この辺りに評判のカオソーイ屋さんがあるという情報は事前にネットで入手していたので、グーグルマップに従ってその店の前まで訪れた。お寺から歩いてものの3分といったところである。
スマホには「目的地に到着」との表示。しかし、そこに食堂のような雰囲気がある場所はない。グーグルマップが指し示した場所には誰一人麺をすすっている人間はおらず、民家の軒先に座る現地人の家族しかいない。若いラオス人の女性が赤子を抱えてあやすように小刻みに揺れ、その横には我が子と妻をあたたかな笑顔で見守る若い男、その隣には中年の夫婦がニコニコとしながら何も話さずに座っていた。
「すいません、ここはカオソーイ屋さんですか?」
幸せの空間に突如として現る外国人は迷惑極まりないのかもしれないが、グーグルマップが指し示しているのはここなのだ。僕は躊躇せずに彼らに聞くことにした。
赤子を抱いた女が口を開く。
「クローズ。半年間。ベイビー」
彼女は英単語を三つ並べて答えてくれた。なんだ、それならやむなし。
「そうなんだ、、おめでとう!」
僕がそう返答をすると、彼女は笑顔で「サンキュー」と答えてくれた。周りにいる家族たちも笑っている。
噂のカオソーイが食べられなくて残念ではあったが、この街にあたたかな空気が流れていることが知れただけでおなか一杯である。
とはいえ、このあとすぐにホテルの真横にある地元民で賑わうローカルレストランに入店してカオソーイを頼んだ。
タイはチェンマイのカオソーイを以前食べたことがあるのだが、タイのカオソーイとは全くの別物であった。タイのはカレー味のピリ辛麺料理であるのに対して、ラオスのカオソーイは肉みそ担々麵である。だが僕たち日本人が想像するような一般的な担々麵ではない。そこに辛さは意外にもなく、米粉のもちもちとした麺に絡んだ肉みそが美味である。付け合わせでこんもりと出てきたパクチーとミントが爽やかに鼻を抜ける感じがたまらない一品であった。
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ルアンパバーン、いいところじゃんと思えるのはやはり宿の存在が大きいからであろう。
ホテルへ戻る。例のおじさんが笑顔で「準備はできてるよ」と言い、部屋まで案内してくれた。アゴダの写真で見ていた部屋とは全く違う、というか、グレードの高い部屋はアゴダの写真通りなのだが、僕が一番安い部屋を選択したこともあってプレハブ小屋のようなところを通された。
ここは従業員住宅か何かじゃないっすか!?と言わんばかりの外装であったが、中は意外にも快適であった。一泊3,500円ほどなので文句はいえないのだが、あと500円出せば、アゴダの写真のようなめっちゃいい感じのvillaに泊まれたのだから悔しい。とても静かなのでここを連泊してもいいのだが、写真とは違う場所に通されたこの無念な情を鑑み、ここから明日以降のホテル探しジャーニーが始まる。
↑泊まったホテル
つづく!
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