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くせ毛

毎年毎年、梅雨という四季とはまた違った特殊な季節が来るたびに、毎朝憂鬱な思いになる。

雨は人の心を落ち着かせる効果があるだの、リラックスさせるだの、僕には関係ない。せっかくヘアアイロンで直毛にした髪の毛たちが、思春期真っ盛りの男の子みたいに言うことを聞いてくれない。

たまに直毛の人間から、「髪のクセ羨ましい」と言われることがある。しかしクセがあるおかげで清潔感をどんなに服装でカバーしても台無しになるし、陰毛が頭に張り付いているみたいだし、全く良いことなんてありやしない。

本心で言ってくれてるのかもしれないけれど、とんでもないお世辞にしか聞こえないのが事実である。いっそのこと世の全ての人たちの髪の毛と陰毛が入れ替わってしまえば、僕のくせ毛は目立たなくて済むのに。でもそんなことは到底不可能である。

それに、僕はかなりのくせ毛を持ち合わせてはいるものの、パーマをかけた人くらいのクセの強さではない。つまり中途半端に強いクセなのだ。

知り合いにどう見てもパーマをかけている、ゆるふわパーマ系のくせ毛男子がいる。彼は自らのクセを活かしたカッコイイ髪型である。しかし僕の毛という毛は七部丈のボトムスみたいな、中途半端でカッコの悪いくせ毛なのだ。

したがって、野球を引退し髪の毛が生えはじめた高校生あたりからはずっとベリーショートと言われる髪型で過ごしてきた。なんせベリーショートならクセなんて分からないから。

しかし、高校1.2年生のときに好きだった女の子がこんなことを言っているのを聞いてしまった。

「前髪が眉毛にかかってない男の子は論外だよね」

家に帰ってから、必死に前髪をコームで下ろしてみるのだが長さが足りない。なんせベリーショートだから。当たり前だ。

何ヶ月かかけて髪の毛を伸ばしてみるものの、クセで右へ左へ乱れるものだから、せっかく前髪が伸びても眉毛にかかることはなかった。結果として僕はこの髪型ではその女の子を口説けないと思い、諦めることにしたのである。

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高校2年生のときのことだ。そんな切ない切ない僕の青春を奪ったくせ毛を、いとも簡単に真っ直ぐにしてくれるという神が作ったのではないかといわんばかりの武器と出会う。ストレートアイロン(=ヘアアイロン)である。

所属していた弓道部の合宿で、くせ毛仲間の友人が早朝にピンク色のヘアアイロンを器用に使ってクセを伸ばしていた。僕はそれに感銘を受け、その友人に髪を伸ばしてもらったのだ。施術後、鏡を見てはじめて直毛の自分を目の当たりにしたときは、生まれ変わったかのような気持ちになった。

直毛になったその日は不思議と弓道の的中率も高い。事実、そんなに弓を引くのが上手くない僕が百射会で学年2位になった(部員は20人くらい)。恐るべし直毛効果。合宿が終わって家へ帰ったらすぐに、僕は彼が使っていたものと全く同じピンクのヘアアイロンをメルカリで購入した。

そして、待ちに待った商品が家へ着くと、僕は猿みたいに飛び跳ねて喜んだ。武器は揃った。そうして髪の長さを徐々に伸ばしはじめるのである。

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ヘアアイロンを手にしてからというものの、僕は織田信長が上洛してくれたときの足利義昭みたいに無敵になる。けれど、この後義昭が信長に追放されるときと同じように、そうそううまくはいかないものだ。その「上手くいかない」とは雨の日であり、梅雨時期のことである。

水はケバい化粧をした魔女の身ぐるみを剥がすかのように、せっかく真っ直ぐにした髪をまんまと真の姿にしてしまう。『アナと雪の女王』でエルサは、「ありのままでいいの」とは言うけれど、僕から言わせればありのままでいいはずがないのだ。

とはいえ、僕の髪が陰毛みたいだろうと直毛だろうと、明日の世界が変わるはずもない。だから、僕の髪の悩みなんてほんとにちっぽけなものである。死ぬまで(禿げるまで)このくせ毛と付き合わなくてはならないことはあまり考えたくない未来であるが、いずれこのクセを受け入れ、寛容的態度で生きたいものである。そのときには『くせ毛と共に生きる』みたいな本が出ているかもしれない。

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斉藤 夏輝
「押すなよ!理論」に則って、ここでは「サポートするな!」と記述します。履き違えないでくださいね!!!!