福州どこやねん
不本意で訪れた中国であるが、こんな機会でなければ一生足を踏み入れることはなかったであろう福州市の街歩きを決行することにした。
起床後、洗顔をしてホテルの朝食会場へ向かう。格安トランジットホテルの無料朝食はバイキング形式だったが、どれも味は微妙だった。これでもかと油をふんだんに使った焼きそばみたいなものと、全く味がしないお粥、特に記憶に残らない野菜炒め。
朝からこんなものを食べている中国人たちの胃袋はどんな構造になっているのだろうか。杉田玄白に調べていただきたい。
なんといっても使う油の量が異常すぎる。焼きそばはどの角度から見ても油でテッカテカに光り輝いている。ただでさえ油の多い家系ラーメンで「油多め・味濃いめ」の注文をしていた中学の先輩に食わせたい一品である。
普段はてんこ盛りで食べてしまうビュッフェも、この手の料理では一皿で限界。半ば胃もたれ状態で朝食を終える。身体の水分量の半分が油に代わったのではないかと思うほどギトギト。身体中に油が染み渡るのが不快でならない。
そんな気分を晴らすべく、ホテル周辺を歩くことにした。福州は地理的に割と南の方に位置するが12月ということもあって寒い。10度いかないくらいの気温の中、適当に歩く。
困ったことに、ここ中国では政府がインターネットを管理しているからGoogleが使えないので、GoogleMapも利用できない。とても不便極まりないのだが、自分を方向音痴だと思ったことはないので適当に歩いたところでホテルに帰ることはできるだろう。
ホテルが面している三車線の大きな道を300メートルほど進んで、適当に右折してみる。いかにも地方都市といった佇まいである道路を曲がれば、そこにはディープな中国の生活のようなものが垣間見えた。
日本と同じ東アジアの国であるにも関わらず、その街の雰囲気というのは全く異なる。簡単にいえば整然としているようでごちゃごちゃしている。
中国という国の電化自動車の普及率が高いことは知っていたが、福州市のしかもとりわけ発展していないローカルな現場を見ると、まだまだ途上国感は否めない。実際に電気自動車は確かに走っていたが、排気ガスを撒き散らすトゥクトゥクもたくさん見受けられる。
僕が宿泊したホテル周辺は町工場が立ち並んでいるようなエリアだったから、作業服を真っ黒にした職人たちがガソリン車や例のトゥクトゥクの修理をしていた。
困るのは彼ら職人たちがどういった理由かは分からないが、歩道に水をびしゃびしゃに撒いていることである。おそらくそこにある泥を流そうとしているのだろうが、水と泥が混ざり合って靴汚れ不可避状態を作り出しているので、僕みたいな旅行者からすれば甚だ迷惑極まりない。といっても旅行者は僕以外見受けられなかった。
ディープな道を進んでいくと、廃れたアパートの壁に沢山の乱雑な漢字がスプレーで書かれているのを発見した。
僕たち日本人は中国語を勉強しなければ話すことはできないが、その文字からどういった意味であるかを予想することはできる。
読者のあなたも写真を見てぜひ予想してほしい。なんとなく意味、分かりますよね。ただ細かいところで日本語における漢字と中国語における漢字とのニュアンスが違うと困るので、中国に住んでいる友人に上記の写真を送って訳してもらった。
そんな落書きがされているアパートが歩けば見つかるのだから、中国は怖い。
歩けば見つかったのは胸糞悪い落書きだけではない。
寺はともかく、そこら辺に牛いるの!?放し飼いだし。しかも歩道の真横。インドでは街のいたるところに牛がいることが日常であるみたいだが、中国も同じだったとは…… 適当な雑草食ってるし。もっとまともなものあげてやればいいのに。しかしこの時の僕の胃の中は油で支配されてしまっているので、この時だけは牛の食べていた雑草が不思議と美味しそうに見えた。
そんなことを思いながらシャッターを切ると、ゆっくりこちらに近づいて来たので、僕は逃げるように早足で先を急いだ。
大きな通りに戻って来た。この歩道は誰のものなのか?公のもの?そんなの知ったこっちゃないと言わんばかりに堂々と干される洗濯物。中国人と日本人とでは恥ずかしさの基準は大きく異なるような気がするのはこういうところなのだろうか。あまりジロジロ洗濯を見ていると捕まりそうなので、横目でチラ見して写真もサッとすぐに撮って知らん顔して道を歩いた。
という具合に中国は思ったよりも異国で面白い国であった。せっかくなのでスーパーに行ってお土産でも買ってみよう。そこら辺にあったスーパーらしき店に迷わず入店してみる。
日本のスーパーみたいな自動ドアのようなものはなく、半露天のようなドアがなく開かれた店構えであった。
店内は暗い。午前中だから光は自然光だけでいいでしょうといった具合なのだろう。入り口から遠くなればなるほど暗くなっていく店内。店の奥に人間の臓器が売っていても不思議ではないほど暗い。
店を入ってすぐにお菓子やパンがこれでもかと大量に置かれているのには驚いた。こんなに入荷して消費期限切れは大丈夫なのだろうか。それにどれも身体に悪そうな色をしているものが多い。スーパーのパン値引きバイト経験者としては、ここで勤めるのはごめんというくらいの過剰な品揃えである。
「○⭐︎♤♢□▽◎!?」
でたでた中国語。店主と思われる中年の男性が放つ流れるような中国語。いきなり大きな声でかけられる中国語にも慣れてきた。
「ソーリーアイキャントスピークチャイニーズ」
通じたのか通じていないのか分からないが、僕が中国人でないことは認識できたみたいだ。彼も英語ができないのだろう。それから何も声をかけられることはなかった。
暇だったのでそのすぐ横にあるこれまたスーパーのような小売店に入ってみた。ここも先程と同様、暗い。店内BGMはなく、無音。道をいく車のエンジン音だけが時折り店内に入ってくる。さっきの店では意識していなかったが、あちらも店内BGMはかかっていなかったと思う。
水と適当に選んだ個包装になっているお菓子を手に取った。客は僕ひとりで、従業員はレジのような場所の前で座るおじさんただ一人。彼は僕が商品を持ってくると、スマホをいじるのをやめて面倒くさそうに袋に入れ始めた。
店内に値札が貼ってあったので、自分で計算して人民元をぴったり手渡す。変に外国人だと思われても嫌なのであえて何も言わずに渡した。
彼も何も言わずに紙幣を受け取り、商品の入った袋を僕に渡してきた。いやなんか言えや。
「ありがとうございます、またお越しくださいませ」というマニュアルがこの国には存在しないのだろう。
「またお越しくださいませ」までは言わなくていいから、せいぜい「謝謝」くらい言ったほうがいいと思うのだが、まあそれも含めて異文化体験である。
「謝謝」
僕がそう言って店を出ると、彼はこくりと小さく頷いてまたスマホを触り始めた。
*
時間があまったのでホテルに戻って幾分かの仮眠をとって、空港送迎のバンに乗り込む。乗客は僕一人だけであるらしい。昨日のバンとは異なる運転手であったが、えぐいスピードを出すことには変わりない。あと、これまたえぐい音量でノリノリのチャイナポップを流すことにも変わりない。後日、タイはバンコクのカオサンロードに行ったのだが、そこの3倍くらいはうるさいボリュームである。耳を塞ぎたくなるようなボリュームで飛ばすバン。
運転手の中国人オッサンはバンのことをクラブか何かと勘違いしているのだろうか。挙句、彼は100キロ以上のスピードを出しながら熱唱し始めた。上手いならいいけど、そこら辺のオッサンが歌ってみた系のレベルで、YouTubeにアップロードしようものなら再生回数はせいぜい12回といったところのしょうもない歌声を響かせている。
中国、いろいろとやべえよ……
「ハニャハニャハニャハニャグアアア!?」
爆音チャイナポップに負けじと大きな中国語でドライバーが僕に向かって何かを言っている。
「アイキャントスピークチャイニーズ」
この言葉、ニーハオより多く言った気がするなあ。この魔法の言葉を使うと中国人は黙ります。チャイナポップが黙ることは無論、なかったけど。
30分も経たずに、無事?福州長楽国際空港に戻ってきた。運転手のおじさんがバンの扉を開けてくれる。思いの外彼はニコニコしている。
外国人だと分かった瞬間に仏頂面されるのが中国人であると思っていたが、そんなこともないらしい。
「テンキュー!あ、じゃなくて謝謝!!」
そう言うと彼は笑顔で僕に手を振って再びバンに乗り込んだ。アクセル全開のバンはみるみるうちに空港から消えていく。
中国、おもろかったなあ。また来たいとは思わないけれど、思っていた以上の異文化度と不思議な中国人たちは見ているだけで楽しかった。
さらばチャイナ!
出国審査でどうしてバンコクに行くんだ?お前は何者だ?と詰められましたが、無事中国を出ることができました。
ちなみに写真はみなおそるおそるカメラを出しては撮って、ジャケットの内側にカメラを隠してを繰り返してで撮ったものです。中国で怪しいことなどしていません!と、もし不当に逮捕されてしまったときのためにスマホにデータ転送した後は非表示にしました。見つかった時は逆に怪しまれそうだが、中国では何が起こるかは分からないのだ。
ありがたいことに全て杞憂に終わったけれど。
中国は刺激的だし、中国トランジットのフライトはとてもお得であるが、気をつけて観光すべし。いつかまたチャイナトランジットをしてみたい。
【追記】
その「いつか」がもう決定しました。
3月ベトナム・ニャチャンから中国・広州経由で羽田に帰ります。トランジット時間も丸一日あるので、そのときの観光の様子をまたお伝えいたします!
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