「地方でマーケティング」が難しい理由
◆「地方×マーケ」が困難な3つの原因
地方でマーケティングを実践していくのはメチャクチャ大変です。もちろん、都会だろうが地方だろうが本気で丁寧にマーケティングを実践していくことは大変なことではあるのですが、地方には都市部にはない固有の大変さがあります。
それは、地方企業や地方自治体が抱える課題には、教科書的な戦略マーケティングの手法や進め方では解決できないことが、非常にたくさんあることに起因します。
そして、そのことはあまり知られていない、というか考えられていないように思います。この地方固有の大変さへの地方自体の無関心さが、地方衰退の根本要因になってしまっているのではないかと思っています。
私はふだん、地方に根ざした企業や自治体に向けて、企業戦略や地域の戦略立案や実行、課題解決を、マーケティングやブランディングといった手法を用いてお手伝いしています。
この5年ほど、東京と福井県の2箇所に拠点を置きつつも様々な地域のお客様と仕事をしてきました。拠点の割合は、だいたい7,8割が福井県で残りが東京です。お客様の所在地は東北から九州までと幅広いため(北海道と沖縄のお客様、お待ちしております!)、交通の面では福井県にも拠点があるメリットはないのですが、東京にも地方にも地に足を着けながら同時に双方を相対化できるというメリットは、かなり大きかったように思います。地方の問題は二元論では解決出来ないものが多いので。
この記事では、2拠点思考で見えてきたマーケティング戦略が抱える地方特有の根本的な難しさとその乗り越え方について書いてみたいと思います。
さて、地方×マーケが困難である原因は、主に次の3つではないかと考えています。
1.マーケティングの知識が広まっていない
地方では、企業経営に重要な、財務や労務、法務やITの専門知識を持った人は都市部に劣らない人材がけっこういたりするのですが、ことマーケティングに関しては、圧倒的に人材が不足しているように思います。
関心は低くはないため、経営者に向けた勉強会なども盛んではあるのですが、その内容は、成功した経営者が一般的なマーケティング体系に位置づけずに独自の理論を広めるものであったり、30年くらい前のマーケティングの知識にデジタルな言葉をまぶして今風を装っているだけのオフライン情報商材ビジネス的なものだったり、徳を高めることによって業績を上げるといったスピリチュアル的な精神主義を説くことが中心だったり、独特のものである場合が少なくないようです。
もちろん、独自の理論は大切ですし(私もたくさん開発して仕事に役立てています)、優れた情報商材もあることは承知していますし、スピリチュアルを全否定するつもりもありません(私自身、不思議体験は多い方かもしれません)。
でも、個別具体案件の課題解決にとって、それらは言ってみれば料理のスパイスのようなもの。良質で適切なスパイスは料理を格段に美味しくしますが、スパイスだけでは料理になりませんし、栄養に欠けてしまいます。
教科書的な戦略マーケティングの知識が共有されていなくては、課題が一般的な戦略マーケティングの手法や進め方で解決できるようなものであるのか、そうではないのかの判断のしようがありません。
2.マーケティングが広告宣伝と同義語と思われている
マーケティングとは、マーケット(市場)とのコミュニケーションを通じて価値を発見し高め創造していく不断のプロセスなのですが、言葉自体は意外と厄介です。
マーケティングの定義の表現が人や時代によって異なるため、「俺のマーケティング」を語りやすい側面が確かにあるからです。ただし、マーケティングを仕事にしている人の間では、マーケティングは企業活動全般に関わることだという共通認識があります。これが、定義の表現は多様でも、根本は同じになり、混乱の抑止になっています。
ところが、マーケティングを仕事にしている人ではなく、マーケティングに関心のある人に対象を拡大してしまうと、マーケティングという言葉を単に広告宣伝の意味で使っている人が実に多いのです。
そして、当然ながらお客様は、マーケティングを仕事にしている人ではなく、マーケティングに関心のある人です。この認識のズレが、課題解決を遠くします。
そもそもマーケティングが課題を解決するものだとは思われていないのですから、課題が解決できないことの原因がマーケティング手法にあると認識されることもありません。
例えば、SNSを用いたデジマ(デジタルマーケティング)なんかも、単なる宣伝と思われているので、そこで得られたデータを商品やサービス、ひいては業務プロセスの改善に活かしていこうというケースは非常に稀です。
その結果、デジマ費用が尽きると売上がガクンと落ちるデジマ依存が生じます。
また、それを許してしまう風潮が、一部のデジマを担当する側にもあったりします。この構造は、英語学校に通っている生徒が、何ヶ月も通っているのにもかかわらず、ほんのわずかしか英語ができるようになっていないのに、講師や学校を責める気が生じてこないのと似ています(もちろん一部の英語学校の話です)。
ザイオンス効果(接触回数が多いことが好感度や評価を高めてしまう)が課題解決の妨げになる構造です。
相談をされる側は、いつも相談に乗ることで安定した収入になります。逆に課題をすばやく解決してしまえば、その件ではお客様は卒業です。
本来は課題解決のビジネスであるはずが、好感度による安心感を与えるサービス業に変質してしまうことがあるのは、都市部でも地方でも同じですが、課題解決への期待が低ければ、構造はより強固なものになってしまいます。
3.応用問題だと思われていないことで機会損失を生んでいる
地方に根ざす企業や自治体が抱えている課題は、基本的なマーケティングのセオリーでは解決できないものが多いです。つまり地方の課題は、そのほとんどがマーケティング上の応用問題なんです。
そして、これが一番重要な点なのですが、応用問題であるにもかかわらず、案件規模が比較的小さいために、基本問題だと思われてしまっていて、そのことが、多大な機会損失を生んでいます。
応用問題には、応用問題の解き方があります。しかし、応用問題と気づかずに基本問題と同様の解き方をすれば、当然、課題は解決できません。すると、その案件は筋悪だとして解決されずに放置されます。これが機会損失です。
例えば、私が担当した案件に、アルコール及び糖類添加の三増酒と呼ばれる製法で造られた筑後産の53年ものの色のまっ黒な熟成日本酒がありました。
このお酒は、純米辛口フレッシュという一般的に人気の日本酒とは真逆の特徴をたくさん持っています。普通は、トレンドに反する情報量の多い商材はニッチ商材として戦略を立てます。
しかしながら、クライアントのご希望は王道の高級日本酒として売って欲しいというものでした。筑後が灘・伏見と並ぶ三大酒処と呼ばれた時代に仕込まれた酒であり、当時の日本酒の主流は三増酒だったからです。
ところが、有力な酒店に話を持って行くと、大変に美味しい酒であることには同意してくれるものの、三増酒は安酒の象徴なので安酒の価格でしか売れないという返事です。それではと、53年ものの熟成酒であることを強調しようとしたところ、熟成日本酒の愛好家や研究家が集う長期熟成酒研究会では三増酒の熟成酒を日本酒の熟成酒として認めていないことが判明しました。
SWOTで考えれば、三増酒という「弱み(W)」の要素が強烈で、「強み(S)=美味い酒、53年ものであること等」や「機会(O)=熟成酒が注目を集め始めている」を打ち消してしまう属性を持っているために、クロスSWOTで導き出される撤退(WxT)以外の戦略(SxO、SxT、WxO)をどれも取ることができないのです。
STP(セグメンテーション・ターゲティング・ポジショニング)を考えようにも、クライアントの希望である「王道の高級日本酒」が響きそうな日本酒愛好家には三増酒であることが、熟成酒愛好家には研究会の定義が、それぞれ障害になります。日本酒という枠にこだわらず広く酒好きの方々に訴求しようとすると、クライアントの「王道の高級日本酒」という希望に反してしまいます。
このお酒は、市場の常識と史実のズレを埋める「世界線戻し」という手法を用いることで、無事、250mL瓶2万3千580円という高級酒の価格で目標販売数を超えることができましたが、基本のマーケティングセオリーどおりに取り組んでいたら、販売自体がおぼつかなかったのです。まさに、マーケティングの応用問題でした。
この事例は、なにも特殊な例というわけではありません。地方には、このような、放っておいたら売上に結びつかない機会損失案件が山ほどあるのではないでしょうか。
私がかかわったものに限っても、樽で熟成させたために酒税法の光量規制を超えてしまい市場に出せない不適合焼酎(Makuakeで最高売上(当時・蒸留酒において)を達成)や、見た目が悪いために高級食材を扱う都内一流百貨店バイヤーに試食以前に断られてしまった自然燻製干し柿(三ツ星フレンチに卸しています)など、マーケットに門前払いされていた地方の逸品がたくさんあります。
地方の商材は、地方独特の文脈で育まれており、そのことが個性となっています。その一方、市場と文脈を共有できていないことが、市場の常識に反したものとして、門前払いの原因ともなっています。
これらを門前払いのままあきらめてしまったら、全てが機会損失です。
物だけではありません。移住促進や観光振興の対象となるエリアそのものにも地方固有の文脈がわかりずらさを生んでいる場合があります。これらはマーケティングの応用問題として捉えなければ解決することができません。
市場の常識に反している商材やサービスを、広告宣伝の力で市場に浸透させようとすれば、膨大な予算が必要になります。これが、地方振興が資本力のある東京頼みになっている要因のひとつと考えられます。
応用問題と気づかずに筋悪案件として埋もれさせてしまっている地方の特色ある商材やサービス、エリアを、適切に応用問題として解決することが常識となったら、地方はもっともっと底力を発揮できるはずです。
これらは、「地方×マーケ」が困難な3つの原因をクリアすることで可能になります
私の仕事は「地方×マーケ」の推進です。最初の頃は、来る相談、来る相談、依頼のご無体さにビックリしていましたが、そのうち、自分が難所を越えてきた解法に、いくつかのパターンがあることに気づき、無体なのは案件の内容ではなく、教科書的なマーケ戦略をそのまま地方の案件にあてはめて何とかなると思っていた自分の傲慢さにあることがわかってきました。
幸いにして、いくつかの方法論が上手くいっていますので、以下および今後のnote記事でご紹介していきたいと思います。
なんだか、教科書に載っていない解法を開陳する予備校講師の気分になってきましたw よろしかったらこのままお付き合いください。
◆「地方×マーケ」の困難をクリアするリフレーミング思考
「マーケティングの応用問題」であるというのは、基本的なマーケティングのセオリーでは解決できないということです。
地方に根ざした案件の多くは、応用問題であるにもかかわらず、案件規模が比較的小さいために、基本問題だと思われてしまっています。
案件の規模は、難易度ではなく、労力(解決にあたる人数×解決までの時間)の問題です。労力の問題であれば、たとえそれが、ひるみそうなくらい大変なものでも、努力と時間でなんとか解決に至ることができます。
ところが、難易度が高い問題は、解決手法を思いつくか(あるいは知っているか)どうかにかかってきますので、人やかける時間を増やしてもどうにもなりません。
恐らく、地方でマーケティングの実践に苦労されている方は、ほぼ全員が案件や課題とマーケティングセオリーとの整合性に苦しんだ経験をお持ちなのではないかと推察します。
これは、コロンブスの卵で、マーケティングセオリーの方が、地方の課題にあっていないのです。
特に、地方に根ざした案件とSWOT戦略は、大変相性が悪いのです。マーケティングセオリーのほとんどはアメリカの企業での経験や分析をもとに開発されたものなので、日本の地方と合わないのは当然と言えば当然なのですが、フレームワーク化された段階で抽象化され、どんな案件にも適用できるように見えてしまうので気がつきにくいのです。
SWOT分析は、強み(S)と弱み(W)、機会(O)と脅威(T)を書き出すことから始めますが、それらは、SWOTを作る人がそう認識しているというだけのことです。
特に、他との比較になれてしまっている思考では、弱み(W)は他にはあるのに自分のところには無いものを思い浮かべがちです。これでは、弱みの克服は、二番煎じになってしまいます。ひところ、地方振興策は、どこにいってもゆるキャラやB級グルメばかりだったことがありましたが、SWOT的な発想ではそうなるのは必然です。
また、日本では、自分にしかない強みを見つけて主張するといったことは普段の生活ではしないことが普通ですから、強み(S)を問われると、誰からも文句の出ないような答えの中から強みを探しがちです。
地方の自治体で強みを聞くと、「豊かな自然の恵みと人の暖かさ」といった答が出てきがちです。これでは、どこの地方かわかりませんので、ここから観光振興や移住促進策を導き出せば、レッドオーシャン(地方間競争)になってしまいます。
中には、こうした平凡な答しか出てこないことを強く指摘して、独自の気の利いたアイディアを売り込む地方創生の担い手の方もいらっしゃいますが、それは営業テクニックであって、本質的な問題解決をスルーして案件解決で済ましてしまう、問題解決のショートカットになってしまうリスクもあるかと思います。
平凡な答えしか出てこないのは、その答を出した人が悪いのではなく、使っている思考のフレームワークが適していないだけなのです。そう考えると気も楽ですよね。
地方の問題を解決するには、地方の問題を解決するためのフレームワークを用意する必要があります。それらをここで全部紹介すると記事が膨大になってしまうので、ひとつひとつはおいおいご紹介していくとして、ここでは、大枠の考え方をご紹介します。
結論から先に書いてしまうと、先ほどの戦略マーケティングプロセスに、リフレーミング(脱セカイ)という枠を1つ付け足します。これによって、とらわれている文脈(セカイ)から意識的に離脱します。←R2PDCA
リフレーミングというのは、心理学などで使われる言葉で、物事を捉える枠組み(フレーム)を壊して新たな見方を獲得することを言います。
地方独特の文脈からも、大企業や都市部の企業に最適化されたマーケティング思考からも離れて、課題解決の妨げとなる常識を相対化するのです。ちょっと難しい言葉で言えば、認知世界の組み替えです。
最初のプロセスである「調査」は、客観的に思えるかもしれませんが、PEST(政治・経済・社会・テクノロジー)、3C(自社・競合・市場)、SWOTは、その逆順に調査主体の主観が入り込みます。
たとえ強く客観調査を心がけていても、「社会」のどの点を調査するのか、どの「テクノロジー」分野を調査するのかといった範囲の選択には主観が反映されますし、どこまでを「競合」と考えるかという選択などはなおさらです。SWOTにおいてはすべてが作成者の認識の反映です。
そこで、調査のあとに主観の外に出るプロセス(脱セカイ)を差し込むのです。
抽象的な言葉での説明ではわかりにくいかもしれないので、ここで新たに具体例をひとつ挙げてみます。
新潟県見附市の移住促進を目的としたPR映像を制作した際に行った移住者調査で聞いた話しで、実際に弊社が制作した映像でも使っています。
見附市は、冬にはかなり雪が積もります。普通に考えれば、これはSWOTのW(弱み)です。ところが、神奈川県から移住したある方には、弱みという認識はありませんでした。その方は、都会では通勤ラッシュという1年中続く苦痛があるが、豪雪はせいぜいが1ヶ月か長くて2ヶ月しか続かないために苦痛と思えないと言います。
移住促進映像は、潜在顕在の移住希望者に向けて制作する必要があります。豪雪地域であることを隠してPR映像を作れば、それはズルですし、雪遊びのシーンだけを取り上げるのは視点そらしです。そうではなく、移住者の視座から豪雪を捉え直すのがリフレーミングです。
リフレーミングは、弱みを個性に変えます。
それは、発想の転換ではあるのですが、クリエイターやマーケターの新奇な発想を取り入れるのではなく、マーケティングらしく、ユーザーとの対話から市場に訴求する発想を見つけていくのが、R2PDCAのポイントです。
地方案件には、SWOTという戦略マーケの最初のプロセスでつまづいてしまうばかりに筋悪に見えるだけで、リフレーミングというプロセスを挟みこむだけで、きれいに戦略マーケプロセスのPDCAに着地できるものが多くあります。
個別具体案件で、いかに市場に適合させるリフレーミングを行っていくかが「地方×マーケ」の担い手の腕の見せどころというわけです。
※ ※ ※
短くまとめるつもりが、ついつい長くなってしまいました。具体的にどうやればリフレーミングがうまくいくのかのコツやツール、マーケティングプロセス以外の地方の課題解決を妨げている意外な要因など、まだまだ書きたいことがたくさんあります。これらはこの記事では書ききれませんので、別の記事に書きます。
いま困っている案件にリフレーミングの方法論を試してみたい、自分も地方でマーケティングの実装に携わっているので組んでみたい、あるいは単純にざっくばらんな意見交換してみたいなどという方がいらっしゃいましたら、ぜひクリエイティブ・エッジまでご連絡を頂ければと思います。
一緒に日本の豊かさを創造していけたら最高ですね。
ここまでお読みくださいましてどうもありがとうございました。何かしら気に入ったところがありましたら、ぜひスキをポチッとしていってください。次の記事を書く励みになります。
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