マーケティングnote(1) SWOTには、守らないといけない手順がある
◆はじめに
この5年ほどで世界は大きく変わってしまいました。このまま続くと思われたグローバル化はあっけなく終わり、分断化の時代が始まりました。AIは身近になり、ニューノーマルはそのままノーマルになりました。
私はふだん、東京と福井の2拠点を軸に、地方に根ざした企業や自治体に向けて、企業戦略や地域の戦略立案や実行、課題解決を、マーケティングやブランディングといった手法を用いてお手伝いしています。
これまで受けてきた相談は、何が起きているかわからない、何から手を着けていいかわからない。なので、当事者意識が空回りして妙に明後日のことから考えてしまう。そんな状態の経営者との悩みの共有から始まることが多くありました。
このような状態は、危機を把握・分析・予測するフレームワークが十分ではないために起こります。
地方は、分断の時代の周回遅れの最先端であり、地方の案件は、マーケティングの応用問題ばかりです。教科書的なマーケ戦略が通用しないのですから何が起きているかわからないのは当然です。
マーケティングのフレームワークは、平常時には多少使い方が間違っていてもなんとかなっても、危機下では使い方の誤りが致命傷になることもあります。改良しないと危機下では使えないものもあります。総点検が必要な時期なのです。
マーケティング界のレジェンドであるコトラー博士は、マーケティングを、幸福のための方法論として捉えています(『マーケティングの未来と日本』フィリップ・コトラー 2017年 KADOKAWA 他書において)。
マーケティングは、本来は競争で勝ち抜くためのもの以上に、勝ちと価値の向こうに人と社会が幸せである未来をつくるものだと思います。
そのためのマーケティングの総点検、はじめます。
◆SWOTはクセが強い
SWOTは、最も人気の高いマーケティングのフレームワークのひとつですが、実はとてもクセの強いフレームワークでもあります。
したがって、実際に個別案件に使う際には、取扱いに注意の必要な点が多々あり、これらを無視して使ってしまうと、取るべきではなかった戦略を導き出してしまいます。
ところが、入門レベルのビジネス書や解説記事では、その取扱いの難しさについて触れられることは稀だったり、書かれていても、1つの注意点の指摘で終わっているものばかりなんですね。
本当は入門書や入門記事こそ取扱い注意点の解説が必要です。特にSWOTを用いて立てた戦略は、それが間違いとは気づきにくい特性を持っているのでなおさらです。
ひとつ前の記事では、ひところの地方振興策が、どこにいってもゆるキャラやB級グルメばかりだったことの背景に、SWOT的な発想があったのではないかと書きましたが、ではどうすればよかったのかについては、大枠の考え方までしか書けませんでした。
そこで、これから数回に分けて、SWOTには、どんなクセがあり、注意点を知らずに使うとどのような結果を導いてしまうのか、それを避けるためにはどうすればよいのかを、なるべく網羅的に解説していこうと考えています。
1回目の今回は、よくあるSWOTの誤解とSWOTの手順についてです。
◆「敵を知り己を知れば〜」はSWOTの前段階
SWOTは、
「Strengths(強み)」、
「Weaknesses(弱み)」、
「Opportunities(機会)」、
「Threats(脅威)」
のそれぞれの頭文字をつなげたものです。
自社の企業や商品、サービスの置かれている「環境」を、「外部環境」と「内部環境」の2つの観点から把握し「分析」するために使います。
外部環境とは、SWOT分析の対象としたい組織や商品・サービスなどを「取り巻く環境」が、今後どうなっていくのかを押さえたもので、対象としたい組織や商品・サービスにとって追い風か向かい風かに分類したものが、SWOTのOとTになります。
内部環境とは、外部環境に対して、SWOT分析の対象としたい組織や商品・サービスなどを「構成している環境」の状態がどうなのかの戦力を整理したものです。内部環境を戦力として棚卸しして、優位性があるものと補強や補充が必要なものとに分類したものが、SWOTのSとWになります。
SWOTは、孫子の兵法の「敵を知り己を知れば百戦あやうからず」を経営分析において行うためのフレームワークであると勘違いされることが多いのですが、実はこれは正解ではありません。
「敵を知り己を知」るのは「調査」であって、SWOTはその調査結果の「分析」に用いるフレームワークだからです。SWOTは「百戦あやうからず」となるような戦略はどのような戦略かを探る準備として、調査した環境を分析するために用います。
調査結果の分析ですから、SWOTを行うためには、事前に「環境分析」の対象となる「環境調査」が必要であることを意味します。
「調査」フェーズを省いてしまい、いきなりSWOTから始めてしまう、またはSWOTを作成しながら必要に応じて調査するような進め方だと、すでに知っている情報、あるいはすぐにちゃちゃっとかき集められる情報で敵と己を把握することになってしまいます。これでは「百戦あやうからず」になるわけがありません。
◆順番は、O・T→S・W
■SWOTには手順がある
SWOTには、O・T(外部環境)→S・W(内部環境)の順に行うという鉄則があります。
これは、ビジネスを船の航海に喩えると理解しやすいと思います。
ビジネスを船の航海に見立てれば、外部環境は海の様子であり、内部環境は船の状態です。冬の海に漕ぎ出すのか、夏の海に行くのか、荒天下の海なのか晴天の下を行くのかによって、船の強みと弱みは変わります。
内部環境分析の結果は、外部環境分析によって変わってしまうのです。
先に、内部環境(S・W)から手を付けてしまえば、強みには独りよがりが、弱みには思い過ごしが、入り込む余地が大きくなります。
ところが、SWOTの名称から、S・W(内部環境)→O・T(外部環境)の順番に手をつけてしまいがちです。
しかも、強み(S)や弱み(W)の方が、機会(O)や脅威(T)より馴染みのある概念であるため、より分かりやすいS・W(内部環境)から手を着けてしまいたくなってしまう心理がはたらいてしまうのでなおさらです。
■PEST→3C→SWOTのセットで手順間違いを避ける
これは、SWOTのプロセスである環境調査を、SWOTとセットなものと考えることで避けることができます。
環境調査のフレームワークの代表的なものには、PESTと3Cがありますが、PEST→3C→SWOTの順で進めることで、SWOTも無理なく外部環境分析→内部環境分析の順に進めることができるのです。
◆PEST→3C(+C)→SWOT
■PEST
PESTは、外部環境調査のうち、マクロ環境調査のためのフレームワークです。
SWOTでは、ひとくくりに外部環境としていますが、外部環境調査は、マクロ環境調査とミクロ環境調査に分けて行うのが一般的です。
マクロ環境は、世の中の流れを全体として把握するものであり、ミクロ環境は、世の中の流れをプレーヤーの動向によって把握するものです。
マクロ環境は、政治、経済、社会、テクノロジーに分けて押さえると漏れが少なくなり便利です。これをフレームワークにしたのがPESTです。
PESTは、
「Politics(政治)」、
「Economy(経済)」、
「Society(社会)」、
「Technology(テクノロジー)」のそれぞれの頭文字をつなげたものです。
PESTの調査項目の例として、私が手がけたものから、「樽熟して色がついてしまった焼酎の案件」で行った項目の一部を参考に挙げてみます。
焼酎は酒税法の光量規制で、樽貯蔵で濃色になってしまったものは出荷できないので、これをどのように世に出すかを探るために外部環境調査を行いました。
この案件で環境調査を飛ばしていきなりSWOTに進んでしまうと、光量規制で出荷できないという弱み(W)が決定的なものとして見えてきてしまいます。広く世の中の動きを押さえる外部環境調査を行うことで、焼酎業界を取り巻く外の環境を知り、状況の打開点を探ります。
焼酎の問題を焼酎の世界だけで解決しようとすれば、焼酎として出荷できない弱みは決定的なものとなり、「強み(S)=美味い酒」や「機会(O)=個性派焼酎が関心を高めている」を打ち消してしまうために、クロスSWOTで導き出される撤退(WxT)以外の戦略(SxO、SxT、WxO)はどれも意味をなさなくなってしまいます。
PESTを入れることで、戦略の幅が広がります。本件で実際に行った主な調査項目は次のようなものでした。
地方案件などでは、PESTのような広範囲な調査は必要ないと思われがちですが、やってみるとどんな案件にもPESTの要素は深く絡んでいることがわかります。
上記の例でも、PESTを踏まえておいたおかげで、戦略の突破口を見つけることができ、また、提携や役所との交渉がスムーズに行くなど直接のメリットがありました。
PESTの次は3Cに進みます。
■3C(または3C+C)
3Cは、
「Customer(顧客)」、
「Competitor(競合)」、
「Company(自社)」のそれぞれの頭文字をつなげたものです。
PESTがマクロ環境調査のフレームワークであるのに対し、3Cはミクロ環境調査に使います。
ミクロ環境は、3Cのうちの2つのC(「Customer(顧客)」「Competitor(競合)」)で押さえるのが便利です。
3Cは、日本のコンサルタントの草分けである大前研一氏が考案したフレームワークです。
私は、これにネット時代の現状に合わせて「Curation(ネットのまとめ)」を加えて3C+Cとして使っています。
まとめサイトや価格コム、YouTubeあるいはWebマガジンのまとめ記事などで自社の商品がどのように取り上げられているかを確認することで、市場にどう捉えられているのかのおおよそを知ることができます。
「Curation(ネット/まとめ)」にはあまり影響されても良くないのですが、それが無視できないほど影響を与えてしまっている場合は、対策を講じることが必要になってきます。
私がかかわったお客様で、こんなに素晴らしい商品を作っているのになぜ売れないんだと思っていたら、まとめサイトの評価軸が思ってもみなかったものであり、その評価が他社に比べて非常に低かったという実例があり、そこから開発したフレームワークです。←開発というより改良ですね。
まとめサイトやインフルエンサーの意見がネット上の意見を形成し、それらの意見が購買を左右することはよくありますが、ネット上の多数派に見える意見と実際の消費者の動向が乖離している場合もあるため、「Customer(顧客)」と「Curation(ネット/まとめ)」に分けたのです。
インフルエンサーの意見はキュレーションではないのですが、インフルエンサーの意見の多くは概括的に市場を見ているというスタンスから発しているものが多いため、「Curation(ネット/まとめ)」の中に入れています。
名称は、4Cとするとマーケティング用語では別の意味になってしまうので3C+Cとしました。
3C(+C)の残りのCは「Company(自社)」ですが、これは内部環境となります。
内部環境を押さえるのに便利なフレームワークは知らない(ない?)のですが、自社でコントロールが利くサプライチェーンの各フェーズ(R&D/生産/広告/流通など)とバックヤード(財務・システム・HRなど)の経営資源と企業文化でMECE(漏れなくだぶりなく)を心がけつつも、やりすぎて調査のための調査にならないよう、外部環境分析(O・T)の結果を踏まえて、それに対応するS・Wを考えるとよいかと思います。
■MVV
もうひとつ付け加えるなら、SWOTの対象が新規事業だったりする場合は、PESTの前に、MVV(ミッション・ビジョン・バリュー)を決めておく必要があります。
PESTは言わば世間一般を対象にしているため、拠り所となるMVVがないと、調査対象が拡散してしまうことになりかねません。また、MVVをしっかり作っておくと、内部環境調査にもぶれが少なくなると思われます。
MVVはそれはそれで大きな話なので、独立したテーマとしていずれ記事をあらためて書きたいと思います。
※ ※ ※
初回の今回は、SWOTの取扱い説明書のような内容になりました。
記事の冒頭に、
「ひとつ前の記事では、ひところの地方振興策が、どこにいってもゆるキャラやB級グルメばかりだったことの背景に、SWOT的な発想があったのではないかと書きましたが、ではどうすればよかったのかについては、大枠の考え方までしか書けませんでした。」
と書いたのですが、それに答えるにはSWOTの本質的な問題点の理解と、SWOTを補うフレームワークが必要になります。
それについて書くためには、どうしてもSWOTの概説が必要でそれが今回になりました。次回はいよいよ地方案件とSWOTとの相性の悪さの要因に斬り込む予定です。
個別案件のご相談、ざっくばらんに意見交換してみたいという方、いらっしゃいましたら、ぜひクリエイティブ・エッジまでご連絡を頂ければと思います。
ここまでお読みくださいましてどうもありがとうございました。何かしら気に入ったところがありましたら、ぜひスキをポチッとしていってください。次の記事を書く励みになります。
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