世界で一番美しい物語|『遠い唇』
北村薫
角川文庫(2019年11月21日発売)
わたしの人生もまた、物語のひとつである。
いつからだろう。自分の物語において、己の注意は今読んでいるそのパートや、以前にあった伏線などをすっ飛ばすようにして、そのストーリーの続き、あるいは結末にばかり目を向けてしまうようになった。しかも、それだけではない。わたしは大体のそのまだ見ぬ結末に対して、ある一定の希望や絶望を前もって準備をしておいて、それ通りになるか、ならないか、その2択で人生を憂うようになってしまったように思えるのだ。
それでももちろん現実は、1年後あるいは明日、はたまた1時間後には自分の想像していたシナリオとは全く異なる出来事が起きるものだし、その都度未来のストーリーの筋道を立て直さなければならない。
ふと、わたしの物語の本質は本当に未来にあるのか。先の展開についてのシナリオ作りは果たして必要なものなのか。など、疑いたくなるきっかけを与えてくれた作品だった。
もしかしたら、わたしの生活を違う星の宇宙人が見ていて、誰かとの会話を翻訳して考察しているかもしれないし、以前大切な人からもらった手紙に今も気づかない暗号が隠されているかもしれないし、デートの時、しりとりで口にしたあの単語が彼にとっては告白に近いものとして記憶されているかもしれない。
その瞬間を見逃さず、きちんと掬い上げることさえすれば、わたしの生活も、日々も、純愛小説の中の鮮やかな1ページになりうるし、ちょっとした夢と思い違いを大胆に詰め込むことさえすれば、世界で一番美しい物語にも変われるのだ。途端に、人生が、わたしの物語が、これまで以上に彩度を上げて光を強く放ち始めた。
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