完璧な日曜日がそこにいるために。
日曜日がそこにいるためには、日曜日以外の他の曜日がそこに存在しなければいけないと、白井が気づいたのは、ついこの間のことだ。
日曜日はもはや曜日ではなく。
おれたち生きているものの名称にとってかわられたけど。
クラスの中でも日曜日キャラの人間が人気があると思われがちだが、そうでもない。
個人的には火曜日か水曜日キャラの方が好きだ。
クラスのみんなは土曜日キャラの方が好きだとか金曜日のほうがモテるやんっていうけど。
そんなことはどうでもいい。
土曜日は表向きにはやさしいのだ。
まだそこにおっていいよって言われているような、祖母的やさしさがあるけど。
土曜日は必ずしれっと日曜日を連れてくる。
あの暗黒のような日曜日を相方として生きていることが白井は、好きになれなかった。
火曜日や水曜日は、仕方なさというか、なし崩しというか人生しゃーないやんというあきらめがある。
火曜日はや水曜日は誰にも恨まれてないはずだ。
たぶん。
それから2、3日経った頃だった。
間違った置き配が届いた。
それは、とても大きくて、返そうと思ったのに差出人の住所も
なにもなくて、途方に暮れた。
「親父、どーするよ」
「その包みに耳あてて聞いてみろ?」
「耳? なにを聞くの?」
「だから、カチカチっとかチクタクとかさ」
白井は、吹き出しそうになったけどスルーした。
「時限爆弾的なこと? 俺んちが? そんな、ないない」
白井はバリリと模造紙のような紙を破った。
「芳雄。お前ってやつは、そうやって考えもなしにいつも、先走る」
白井がその包みを破った途端、あたりのなにかが反射したような気がした。
「今、なんか光ったか? それは鏡か?」
「いかにも、鏡だね」
それは姿見の鏡だった。
「親父、言葉って怖いんだぞ。この前置き配の林檎届いた時、親父が
毒林檎かもしれないとかいうからさ、こうやって鏡が届いちゃったん
じゃないの?」
鏡が白井家に届いた日。
電話がかかって来た。親父はまだびくついていたけれど、白井が電話口に出ると、アルバイト志望の学生君たちだった。
それから、時間を置いて電話は7本きっかりかかってきて、それで途絶えた。
まるで白雪姫と七人のこびとたちみたいだった。
「親父、面接どうすんの? バイト君たち」
そう聞くと、ひとりで親父が笑ってる。
壊れた? って思いながら気持ち悪いな思い出し笑いすんなよ、ひとり
ツボにはまったみたいに、背中をひくひくさせているので、放っておいた。
「芳雄、ここまで来たら俺たち2人家族をさ、誰かからかってんな。お前がまちがった林檎を食ったからまちがった鏡が届いて、それからしばらくしたら7人のこびとさんたちだよ。それって、現代の白雪姫じゃないか。おかしいだろう?芳雄?」
それはさっき俺が思ったことだ。
バイト君たちは、きっかり7人だったけれど、みんなが一斉にバイトしてもらうとなると、狭いし密だからってんで、ひとりずつきてもらうことにした。
白井の死んでしまった恋人の雪夫は、ふたりで暮らしていた洗面所の
鏡の前に立って言った。
「鏡よ、鏡。この世でいちばん美しいのはだぁれ」
美しいって言ってほしいのかと思って、白井は雪夫になにか答えようとして息を呑んだら、ばーかそんなこと俺が言うかよって、ツッコんできた。
その流れでふたりでじゃれあってたら、じゃれあってることにふたりでわれに返ってしまって、触れていた身体を反射的にずらしたことを思い出す。
触れるのが怖かった。壊れてしまいそうで。それが雪夫なのか、ふたりの関係の方だったのかよくわからないけれど。
そんなことを思い出しながら、あの置き配まちがい事件の鏡の前に立っている。
あたかも鏡のなかにほんとうは、雪夫がいるんじゃないかと夢想しながら呟いた。
「鏡よ、鏡、この世でいちばん美しいのは」
その先を自分でもわからないぐらいに、口の中でごまかすように滑舌めちゃくちゃに言ってみた。
信じられないけれど、白井は返事を本気で待っていた。
夜のどこからも返事はなかったけれど。
そして店先のカレンダーに今日の日が終わったことを記す、スラッシュを入れた時、白井ははっとした。
あの鏡が届いた日って、雪夫の命日じゃんか。
あれから、5年経っていた。白井は日々の雑用に紛れて、あろうことかその日を忘れていた。
そして7人のバイト君たちがやってきて。
白雪姫のエピソードほんとうはすごく好きだったんじゃないかと、白井は鏡の前で、まちがって届いた林檎をかじって見せた。
雪夫の唇に触れたことはなかったけれど、雪夫が齧った林檎を白井が齧ったあの日のことを思い出しながら、林檎をかじった。いっそこれが毒林檎でもかまわないよと、胸のうちで呟きながら。
鏡が届いた日は奇しくも日曜日だった。
白井にとって完璧な記憶がにじんだ日曜日になっていった。
【おわり】
今日はこちらの素敵な企画に参加させて頂いています!