あの子の夢を叶えることは、ある意味残酷なことだったんだと、後から知った。
今、アメリカの大統領選挙が湧いていますが。
選挙って言うと、どうしても思い出してしまうことがあって。
選挙権を持つずっと前の高校一年ぐらいの話。
学校の中で決める委員の話。図書委員とか風紀委員とか。
あれで。
体育委員っていうのを決めた時のことをちょっと今となっては
懐かしい痛みのように思い出してしまう。
わたしはミッション系の学校に小6から通っていて。
そのまま2クラスしかないクラスメイトのことはみんな知り尽くした
かのように、存在していた。
そんなある日
坂下聖ちゃんという、すこし身体の大きなおっとりした女の子が同じ
クラスメイトでいて。
正直、体育が苦手だということは、クラス中が知っていたんだけど。
聖ちゃんは、体育教師の深山先生が好きで。
深山先生は、女子みんなが憧れているような先生だった。
女子校にはよくありがちな、身近な男の人に昼も夜も憧れまくるという
あれです。
わたしはほとんど、誰が好きとかっていう世界にうとくて、いつも
誰が誰を好きだっていうことを、後から聞かされて。
え~知らなかったって言うと、みんながぼんちゃんらしいねって、
わたしのあだ名を呼びながら、指さして笑われているような塩梅で。
ある日、聖ちゃんが。
わたし体育委員やってみたい。
っていうか、浜田さんがね、すごい勧めてくれるから、やってみよう
かなって。
とてもウキウキした表情で、室内履きのソールをきゅっきゅ鳴らしながら
わたしに言った。
その時、わたしは。
多少体育苦手でも、聖ちゃん深山先生が好きで、好きが高じて、体育が
できるようになるかもしれないって、わたしはその時点ではそれぐらい
にしか思っていなかった。
そして、彼女に一票を投じることを彼女に約束した。
他のクラスの人達も、今期の体育委員って絶対坂下さんだよねっていう
風にみんなが申し合わせたように、なっていたから、
わたしもみんなも票を坂下さんに投じた。
再生紙の投票用紙を広げて、
<坂下聖>って読み上げる度に、若干クラスみんなの雰囲気に、ざらっとした空気が混ざったことをわたしは感じた。
それは、なんかすっごいもやっとした空気で。
その瞬間、これは仕掛けられたんだなってわたしは思った。
結果、体育委員は聖ちゃんになった。
チッチと呼ばれる、体育万能の今まで体育委員だった彼女も、今回は
聖ちゃんにちゃんと負けて。
チッチが数票で。聖ちゃんは圧勝だった。
よって体育委員は<坂下聖さんに決定しました>
選挙委員の花田さんの声が空しく響いていた。
そして、担任が、坂下に拍手ぅって促すと、今まで聞いたことのない力強い拍手とくすくす笑いが教室の空間をまとっていた。
くすくす笑うな、って思ったけど。
勇気もなにもなくて、無気力な高校生だったわたしにはそう言えなかった。
体育委員って、当たり前だけど。
体育の時間になると、先生が来る前にラジオ体操を完遂しなければならないし、平均台での倒立などの手本も見せなければならないし、あるいは高い方の鉄棒で、ひかがみをひっかけて足掛けまわりとかをやらなきゃいけない。
っていうかチッチが体育委員だったこの間までは、それをクリアしていたから。
委員に選ばれたことが分かった時、2列右隣の前から3番目ぐらいの聖ちゃんの顔を見ると、意外にも嬉しそうだった。
これは罠だからってわたしは思ったけど、
あんなに照れくさそうな聖ちゃんの顔をみるのは、はじめてだったので何も言えなかった。
彼女が委員になってからの体育の授業は、案の定めちゃくちゃになった。
体育委員は恒例で、ラジオ体操の時に銀のホイッスルを鳴らすことになっていた。
チッチが体育委員の時は身体を身軽く、自在に動かしながらホイッスルを鳴らしていた。
それに従ってクラスのみんなが、支配されたかのようにラジオ体操第一の音声と音楽と共に手足を同じように動かす。
でも聖ちゃんよりクラスのみんなの方が機敏だったし、それに誰よりも手本になることができなくて、結局、急遽代わりをせざるを得なくなった。
銀のホイッスルから息が抜けてゆく歯切れ悪い音が、体育館に響いていた。
体育教師の深山先生は、ある日気が付いた。
いや次の体育委員は聖ちゃんだと聞いた時から、怪しんだかもしれない。
彼女は、誰かに仕掛けられたなと。
聖ちゃんが、風邪で休んでいた時に深山先生は、この茶番な選挙戦を仕組んだのは誰なんだと問いただした。
みんなの顔を伏せさせて挙手させるというあれ。
わたしは顔を机に突っ伏しながら少しだけ、目を開けてその光景を見た。
そこで手を挙げていたのは、ほとんど票を投じたであろう人が手を挙げて
いた。
聖ちゃんを体育委員にして、ちょっと笑いたいみたいな影の首謀者は、のちに判明したけれど。
わたしは、その時聖ちゃんを笑おうとは思っていなかったのに、それは、
結果として聖ちゃんを傷つけてしまったみたいで、申し訳なく。
後出しじゃんけんのように、わたしも手を挙げた。
そして、深山先生は、一票の大切さを悲しそうに説いた。
あんな元気はつらつの深山先生の、やるせない顔は見たことなかった。
若さ故ってすごい言い訳だけど。
世の中には、致死量に満たないぐらいの甘い毒があることも、すべてに
おいて感じることが鈍かったわたしは、後になって知った。
それから聖ちゃんは落ち込む顔もみせないで、降板した体育委員の後も
いつもの笑顔でラジオ体操第一を聖ちゃんなりにこなそうとしていた。
聖ちゃん、あの時はほんとうにごめんなさい。
時間、経ちすぎたよね。でも大統領選挙のニュース見ていたら、突然
聖ちゃんの、あの日のうれしそうな笑顔が浮かんできたから。
(名称はどなたも仮名です😊)
♬どうぞお聞きくださいませ
ごめんねと いいかけたのに いえなくて
最果ての 心がずっと たたずみながら