見出し画像

「砂の器」執筆の着想の旧・大原旅館

備後落合駅 旧・大原旅館です。(写真2枚目は、古いタバコの自販機。3枚目は、駅ホームから旧大原旅館。)
松本清張さんも泊まり、「砂の器」執筆の着想が生まれる体験をされました。


作家・松本清張さんは、「ある年の冬、広島から芸備線で奥に行ったことがある。」で始まる一文を、雑誌「旅」 (1955年4月号に掲載されたエッセイ「ひとり旅」)  に発表されました。
昼過ぎに広島を出発し、目的地であるお父さんの出身地である鳥取(日南町矢戸)へ行く途中、現在の庄原市備後落合で下車し一泊されました。
『備後落合という所に泊まった。汽車はここまでだった。うすく雪が降っている。小さな宿屋で谷の底のような場所である。一部屋に案内されたのではなく八畳ばかりの間の真中に掘りごたつがあり、七八人の客が四方から足を突っ込んで寝るのだ。夫婦者もいれば見知らぬ娘も交る雑魚寝であった。朝の一番で木次線で行くという五十歳ばかりの夫婦が寐もらずに話し合っている。出雲の言葉は東北弁を聞いているようだった。』(『芸備線の一夜』より)

「砂の器』(すなのうつわ)は、松本清張の長編推理小説。1960年5月17日から1961年4月20日にかけて『読売新聞』夕刊に連載され、同年7月に光文社(カッパ・ノベルス)から刊行されました。
方言周圏論に基く(東北訛りと「カメダ」という言葉が事件の手がかり)設定が事件解決の重要なポイントとなります。木次線で出雲方面に行く、出雲の言葉を話す五十歳ばかりの夫婦の会話がなければ、木次線がなければ、小説「砂の器」も映画「砂の器」も生まれませんでした。また、出雲方面から日本海の海の幸「岩海苔」も届いていません。人も文化も食も運び交流させているのが鉄道です。
亀嵩は、「砂の器」の舞台として有名で、映画(1974年松竹)・テレビドラマでは、TBS系列2回、フジテレビ系列3回、テレビ朝日系列2回の7度テレビドラマ化されています。


木次線と絲原家についての投稿です。
https://www.facebook.com/hideki.fujihara.18/posts/4914310231956365

広島県庄原市備後落合「ドライブインおちあい」に岩海苔が入ったおでんうどんが今でも提供されている事についての投稿です。
https://www.facebook.com/hideki.fujihara.18/posts/6139009432819766

2015年でも行商の方々が鉄道を利用されている風景についての投稿です。
https://www.facebook.com/hideki.fujihara.18/posts/934588926595202

ボランティアガイドを休みなくされている永橋則夫さんについての投稿です。「備後」は旧地方名として、「落合」は地名ではなく、広島・宍道(木次線の終着駅で山陰本線と連絡)・新見からの列車が「落ち合う」駅ということでこの名前が付いたそうです。
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=5670001356387245&id=100001323096842

#大原旅館 #備後落合 #備後落合駅 #木次線 #おでんうどん #砂の器 #亀嵩 #蕎麦 #方言周圏論 #野村芳太郎 #橋本忍 #山田洋次 #行商 #ドライブインおちあい

いいなと思ったら応援しよう!