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相手との「理解の差」を埋める技術 〜そもそも共通理解とは何か?〜

テーマ:理解力
ジャンル:思考法、問題解決、コミュニケーション

「わかりあう」とか「わかりあえない」という言葉があります。

私たちの日常においても、何気ないコミュニケーションの中で「あの人とはわかりあえない」とか「あの人の考えていることは私にもわかる」といった文脈が登場します。

しかし私は「わかりあう」という言葉の意味を、これまであまり深く考えたことがなかったかもしれません。そもそも、「わかりあう」とはどのような状態を指すのでしょうか。

私はこの連載を機に、「わかりあう」とはどういうことかを自分なりに考えてみました。今回から数回はその結果をまとめたものであり、読後はぜひあなたもご自身で考えてみて欲しいと思っています。そのきっかけになることを願い、さっそく本題に入ります。

私たちは自分が理解したことを、誰かに伝える場面がたくさんあります。たとえば以前の記事において「テレビ番組のコメンテーター」といった設定が登場したこともその証です。

もしあなたがテレビ番組を見ていたとして、コメンテーターが発言したとしましょう。その内容があなたの考えていることとまったく同じであることもありえます。しかしほとんどのケースはかなり違うものになっているのではないでしょうか。

つまり、理解というものは人によって実に様々であり、世界共通の絶対的な理解などありません。その人がそう理解したのであればそれがその人にとっての正解ということになります。

しかしこの事実とコミュニケーションというテーマを交差させることにより、私たちを悩ませるある問題が浮かび上がります。自分の考えを伝えても相手が理解できない、受け入れてもらえない、否定される、といった問題です。

これは実に大きな問題です。たとえば現代では誰もがSNSで自由に発信できますが、それゆえに「争い」に近いコミュニケーションもたくさん生じています。結果として心が不健康になってしまう人がいたり、最悪の場合は悲しい事件に発展することもあります。

もっと大きな視点を持つなら、いわゆる「戦争」もまた、理解の相違によって生まれるものかもしれません。いつの時代も、争いはわかりあえない者どうしが行うものです。

この世から悲しみや争いを少しでも減らすためには、「わかりあう」という瞬間がもっと増える必要があります。換言すれば、私たち人間が「わかりあう」ための技術、すなわち理解の差を埋める技術を身につける必要があるのです。

ここからが本題です。

「わかりあう」とは「理解し合う」ということです。そこで私はここで「共通理解」という言葉を定義します。

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著者は国内初ビジネス数学検定1級AAA認定者であり、国内唯一のビジネス数学エグゼクティブインストラクター(日本数学検定協会認定)です。大手企業のビジネスパーソンからプロ野球球団・トップアスリートまで述べ2万人に「ビジネス数学」を指導。結果を出す人の思考法を熟知。ここだけの表現が書籍化レベルで随時公開されていきます。ビジネス数学を学びたい。学ばせたい。教えたい。そんな人は必読です。

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