ある夜のこと 〜短短短編小説#2
このフロアのどこかに、奴がいる。
隠れているのは分かっている。
もうかれこれ30分はたつ。
時計は午前0時を回った。
妻と子どもは寝ている。
放っておけば、奴は容赦なく2人を襲うだろう。
何としても、ここで奴を殺るしかない。
向こうも命がけだ。
一瞬でも気を抜いたら刺される。
来るなら来い。
耳障りな息遣いとともに
奴が姿を現した。
格闘技の心得など私にはない。
必死に徒手空拳を繰り出すが、かわされる。
奴の凶器が剥き出しになった。
まずい!
バチンッ!
乾いた音が響いた。
勝負は一瞬だった。
最後に繰り出した掌が命中し、
奴は絶命した。
私は血がついた手を洗いながら
先ほどと同じように、
だが、全く逆の意図で
心の中で手を合わせた。
すまない。
こっちも必死なんだ。
こないだも足を刺したじゃないか。
ましてや、寝込みを襲われるのは
もうごめんだよ。
ぺちゃんこになったヤブ蚊が
排水溝に流れていった。