
『下町ロケット(2018年版)』は技術者マインドの参考書だ
昨年末から今年初頭にかけて、ドラマ『下町ロケット(2018年版)』を見通した。以前に記事として書いたのだが、小説『下町ロケット』は私が技術者として生きることを決心させ、また私が読書にのめり込むきっかけとなった作品でもある。
技術者が持つべきマインドとして参考になる名言があったため、忘れずに記録しておこうと思う。
いいものはいいと思える、純粋な気持ち
「会社の立場だとか、流儀は関係ない。いいものはいいと思える、純粋な気持ちを持ってる。あれが、本当のエンジニアの姿ですよね。」
競合他社の技術であっても、それを決して貶めずにむしろ正しく評価する。これができる人は、良好な人間関係を築けるだけでなく、研究者としても抜きん出ていると思う。
最近、家電を買い替えようと思って家電量販店を訪れたのだが、とあるメーカーの説明員さんが、自社製品だけでなく他社製品も真摯に説明し、それぞれの長所を明確にしたうえで自社製品を勧めていた。「営業トーク、上手いなあ」と思いつつも、内心尊敬した。
本作では、帝国重工という大企業のネームバリューを引っ提げて、佃製作所を初めとする町工場を見下す社員の存在が、嫌味っぽく描かれている。自分が大企業に所属しているからこそ、こういう同僚の存在を思い出してしまって、複雑な思いに駆られた。会社の一員としてではなく、一人の技術者として接し、技術の如何を議論すべきだと思う。その方が得られる知識も経験も倍増だ。
可能性が1%でもある限り調べるのが技術者だ
「(不具合の原因が)見つからなかったのではなく、君たちの技術力が見つけることができなかったのではないか。可能性が1%でもある限り、何度も何度も何度も、しっかり調べる。それが技術者だ。」
問題や不具合が発生したときに、自分なりに原因を調査した結果、何も見つからないことはよくある。そのときに、「問題の原因は一切なかった」と報告するのは容易いが、それは社会貢献する者として忌避すべき行動である。正確に言えば、「問題の原因として考えられることは検討し尽くしたが、原因を特定することができなかった」と言うべきだ。それでも問題の原因を突き止める必要があれば、有識者に協力を要請する行動が求められるはずだ。
たった1回の失敗を突き詰める
「今回の実験走行中で、アルファ1は一度だけ、原因不明のエンストを起こしたんですよ。たった1回、あなたなら問題にするほどのことじゃないでしょうね。けどね、うちの技術者たちは、その1回のために気の遠くなるような作業と向き合って、原因を解き明かしたんです。」
企業研究者の中でも、特に実験屋の方はこの感覚がわかるだろう。しかし、常日頃からしっかり意識できているだろうか? 性能の安定性や頑健性(ロバストネス)は、製品を世の中に出す上で必ずクリアしなければならない項目だ。同じように実験しているつもりでも、結果が異なってくることがある。それは機器や実験者の誤差が原因であったり、はたまた外気の温湿度や粉塵が原因であったりすることもある。再現性の担保方法を形式的に述べるのは難しいが、だからこそ誰でも挑戦できる領域だと思う。ささやかな違和感を見過ごさない姿勢が何よりも大切だし、現場の実験感覚をこれからも継続的に養っていきたい。泥臭くいこう。
「的場さん、あなた現場に何回来ましたか? アグリジャパンと首相視察、その2回だけだ。それであなたに一体何が見えているっていうんですか?」
同じシーンでも大切なセリフがある。年次が上がったり、出世したりしていくと、現場を目の当たりにする時間が減り、机上で物事を考えるようになると言われるが、やはり私は現場の一員として喜びや苦しみを一緒に味わっていきたい。そのためにも勉強や実験は欠かしたくない。
復讐や憎しみでは未来は生まれない
「復讐や憎しみだけじゃ未来は作れない。夢を持つことでしか前に進めないんだ」
似たようなセリフとして「憎しみは憎しみしか生まない」という佃 航平のセリフも登場した。負の感情を起爆剤にすると、生まれる製品も独りよがりになって、結局社会のためにならない。ありたい世の中の姿のために、一歩ずつ前に進んでいける、そんな人間であり続けたいと私も思う。
終わりに
こういったことは、もしかしたらビジネス書や実用書を紐解けば載っているかもしれない。しかし、心に響いて自分を動かす言葉になるかと言えば、必ずしもそうではないだろう。ドラマのような物語として描かれるからこそ、文字は一緒でも響きが全く異なる言葉となる。折に触れて見返そうと思う。