【映画】「恋するピアニスト フジコ・ヘミング」感想・レビュー・解説

とにかく驚いたのは「運動能力の高さ」。「ピアノを弾く行為」を「運動能力」と言っていいのかはよく分からないが、指の動きや鍵盤を叩く強さがとても90代とは思えない。しかも、普段の生活は補助車を押して歩かないと移動できないぐらいの感じなのに、指だけがまるで若者のように動くのだ。凄いものだ。

僕には音楽の素養はないので、フジコ・ヘミングが弾くピアノを聞いても「音色」だとか「表現力」だとか、そういうことについては全然分からない。が、とにかくその「運指」だけで「異常」と感じられるほどだったし、音楽の素養のない僕でも十分に圧倒されてしまった。

ちなみに彼女は、「練習したくない」と思う日でも、必ず毎日練習するそうだ。90代にして未だ練習を怠らないのである。その精神力みたいなものにも驚かされた。もちろん「聴いてくれる多くの人のために」みたいなことが原動力になっているのだとは思うが、それでそこまでの努力を続けられるものだろうか。

さて、本作は2時間ほどの映画だが、僕の体感では20~30分ぐらいは「フジコ・ヘミングが各地でピアノ演奏をしている様子」をそのまま映し出していたと思う。そういう意味で本作は、「フジコ・ヘミングのコンサートを少しは体感できる作品」になっていると言えるだろう。彼女のコンサートは、開かれれば間違いなくソールドアウトになるそうで、クラシックの世界でも異例の人気とセールスを誇っているという。つまり、普通にはチケットは手に入らないということだ(しかも彼女は、今年の4月に亡くなってしまったので、もう実際の演奏を聴くことは出来ない)。そういう意味で、本作の「コンサート演奏が収録されている」という要素は、魅力的な要素になるだろうと思う。

ちなみに本作は、ナレーションは一切なく、説明が必要な時はすべて文字での表記になっている。恐らくだが、「ピアノ演奏の邪魔にならないように」ということで演奏中の解説は字幕になり、それを全体で統一したのではないかと思う。私は大体いつも眠いので、心地よい音楽が流れてくるシーンほど眠くなってしまったが、恐らくそういう時に表示された字幕のいくつかを見逃しているだろうなと思う。

さて本作は、世界中がコロナによってロックダウンする直前の2020年から彼女が亡くなるまでの4年間を追っている。彼女は毎年、世界各地で60公演をこなしているそうだ。計算すると、6日に1回である。尋常ではないペースだろう。しかも世界中あちこちを飛び回っているのだ。90代の活動量としてはあり得ないと思う。

そんな彼女も、コロナ禍では立ち止まらざるを得なかった。その間は主に、東京にいたのだと思う。下北沢にある家が、母親が劇団青年座から買い取ったものだそうで、たぶんそこにいたんじゃないかと思う(彼女はパリ、サンタモニカ、京都など様々な場所に自宅がある)。そして、教会での演奏を映像で配信したり、通っていた小学校で弾いていたピアノ(小学校は廃校になったが、隣の小学校で保管されている)と77年ぶりに再会し、そのピアノで生徒たちに演奏会を開いたりしていた。声を出さないからだろう、コロナ禍ではクラシックが最も早くコンサートが解禁されたそうで、恐らく国内を中心にまたコンサート活動を再会したのだと思う。

そしてそんな演奏会の合間に、様々な場所で撮られたインタビュー映像が挿入される。画家だった父親のこと、ピアノの先生だった母親のこと、俳優だった弟のこと。また、保護猫や、ロックダウン中にパリの自宅に泥棒に入られたが見向きもされなかった彼女の「宝物」など、色んな話をしていた。

印象的だったのが、彼女が物の来歴をとにかく詳しく覚えていること。もちろん「宝物」の来歴は覚えていて不思議ではないが、下北沢の自宅の家具についても、「これはウィーンのカフェからもらったもの。もしかしたらレーニンが座ったことがあったかもね」「これは離婚した中国人の奥さんが、見るのも嫌だからってくれたの」とか喋っていた。そういう思い出や記憶を大切に生きてきたのだろう。

彼女が語る言葉の中には、「悲哀」を含んだものも多い。決して後ろ向きの言葉ではなく、むしろ前を向いた発言という感じなのだが、これもまた彼女の人生を感じさせるものだった。

例えば「失恋した方が上手く弾ける」という話。恋愛が上手く行っている時はふわふわしているし満たされているから上手く弾けないが、失恋するとピアノしか向き合うものがないから上手に弾ける、みたいなことらしい。また映画の冒頭で「人生なんてうまくいかないのが当たり前」と表示されたり、インタビューの中でも似たような発言をしており、苦労の絶えなかった彼女の人生を思わせる。

しかし、フジコ・ヘミングが注目され、初めてCDを出したのが67歳の時というのだから、遅咲きも遅咲きである。テレビで取り上げられたことがきっかけだったらしいが、その後世界的に認められるピアニストになったのだから、それまで見つかってなかったことの方が不思議という感じがするだろう。

コンサートのシーンでは、やはりよく知られた曲の演奏シーンが使われていて、「フジコ・ヘミングと言えばこれ」という「ラ・カンパネラ」は何度か流れた。また、少し前に映画『ぼくのお日さま』を観たこともあり、ドビュッシーの「月の光」も聞き馴染みがあって「おー」という感じだった。あと、冒頭で「運指」の話をしたが、「黒鍵のエチュード」という曲は、彼女が弾いていた曲の中でもダントツで指の動きが早く、ちょっと信じられないほどだった。ネットでざっくり調べてみると、やはり難しめな曲らしい。90代の老人の手があんなに素早く動いている様は、やはり不思議で仕方ない。

エンドロールには、「下北沢の猫たち」という表記や、フジコ・ヘミングが飼っていた犬猫の名前を表記されていた。全体的に愛情に満ちた作品という感じで、ドキュメンタリー映画を見慣れない人にも観やすい映画ではないかと思う。

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